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ながはまはちまんぐう

長浜八幡宮の御由緒・歴史

滋賀県 長浜駅

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ご祭神《主》応神天皇,仲哀天皇,神功皇后
創建時代延久元年
ご由緒

当宮は延久元年源義家が後三条天皇の勅願を報じて京都の石清水八幡宮から御分霊を迎えて奉祀したもので往昔は坂田八幡宮或は坂田別宮八幡宮又は勝軍山新放生寺八幡宮とも称された。
この宮が鎮座されてからこの地を八幡の庄と称へ庄内十一郷の産土神として崇敬深く皇室を始め武将の崇敬更に厚く特に後奈良天皇は天文五年天下乱麻の世を嘆かせ給い天下泰平祈願のため、御論旨を賜う。又足利六代将軍義教は三層塔を建立し太刀神馬を奉納湖北の浅井氏も社領太刀神馬を寄進している。当時は社頭三千石、一山七十三坊があり堂塔伽藍は壮観を極めた。八月十五日の放生会には坂田・東浅井二郎の士族が出仕して神輿の供奉をつとめたが、元亀・天正の頃しばしば兵火に罹り殆んど焼失した。
天正二年羽柴秀吉が長浜城主となるやこの大社の荒廃を惜しみ社殿の修理をなし社領百七十石を奉納する等再興に努めた。以後徐々に壮観を復し妙覚院舎那院を始め二十余坊が神社の周囲に在って神事を掌っていたが、明治維新の神仏分離により仏像什宝等は今の舎那院に移し以来本社は神官による奉仕となった。

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