えんまんいん もんぜき|天台寺門宗系単立|長等山
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楽しみ方円満院門跡のお参りの記録一覧
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圓満院は寛和三年(987年)に、村上天皇の第三皇子悟円親王により創立された天台宗の門跡寺院です。
三井三門跡の一つであり、開基当時は平等院と呼ばれていました。
藤原道長が宇治に建てた別荘をその子藤原頼道の時代に寺院にするよう命令が下され、平等院(後の圓満院)の明尊大僧正によって完成しました。
悟円親王の子永円親王が初代院主となり、三井平等院の名前を宇治に譲り、現在の宇治平等院の初めとなっています。
一方三井平等院は明尊大僧正によって圓満院と命名され、悟円親王をはじめとして歴代皇族の入室する門跡寺院となりました。
しかし室町時代後期までは、通称三井平等院と呼ばれていました。
明治11年に明治天皇、明治13年と45年に当時東宮でいらっしゃった大正天皇が行幸された由緒ある門跡寺院です。
門跡寺院とは
古くより皇室と関わりのある、格式高い特別な寺院のことです。
門跡とは、一般の僧侶とは違い、皇族その他の出身者が住職をつとめる寺院をいいます。
全国20万あまり言われるお寺の中で、たった17ヶ寺しかない貴重な寺院です。 歴代天皇のお位牌を泰安し、ご供養されています。
(資料引用)
みどころがたくさんあり、写真が多くなりました。お許し下さい。🙇🏻♀️
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天台宗単立 長等山 圓満院
近畿三十六不動尊霊場第25番札所
寛和3年(987年)、村上天皇の第三皇子である悟円法親王による開基。
三井三門跡の一つで開基当時は平等院と呼ばれていたそうです。
平等院というと京都府宇治市にある平等院鳳凰堂がまず思い浮かぶかと思いますが、もとはこちらの名前だったようです。
藤原道長が宇治に建てた別荘「宇治殿」をその子藤原頼道の時代に寺院に改める際、頼道が「平等院」の名を欲したそうで、「平等院」の名を譲り明尊大僧正によって圓満院と名付けられたそうです。
その後、歴代皇族の入室する門跡寺院となりました。
時間があれば庭園も拝観したいところだったのですが、園城寺で時間を使いすぎてしまったため拝観は断念して御朱印のみ頂いて参りました。
通常御朱印もあるのですが、円満院にお参りすると決めたときから大津絵の特別御朱印をと決めていたため、念願の御朱印がいただけて嬉しかったです。

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