ちかつおじんじゃ
近津尾神社滋賀県 石山寺駅
境内自由
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楽しみ方
泉福寺を南へ進むと西側に鳥居が見え、近津尾神社とあったので寄り道。進んで行くと「幻住庵」の看板が多く見られ、どうやら松尾芭蕉がおくの細道の奥州旅終えたを翌年に四か月間居住した場所とのこと。幻住庵駐車場は観光バス用もあるぐらいなので以前はかなりの観光客で流行ったのかもしれません。参道入り口の地図も「幻住庵周辺案内」となってました😅そして参道へ・・・ひたすら登りの階段・・・しかも一段ずつが幅広なので歩きにくい😭100段ちょっとぐらいだと思いましたが妙に疲れました😭境内前に着くと神門があり、こちらは膳所城の薬医門で米倉門だったそう。そして境内へ。人は・・・いません😅社務所も・・・😭本殿お参りしているとパラパラと雪が・・・霰?これは歓迎の雪なのでしょうかそれとも・・・😅とりあえずそそくさとお詣りして幻住庵へ。少し雨宿りならぬ雪宿りして、雪がやんだので少し散策。ただ義仲寺の様に句碑がたくさんあったりとかではなく庵と句碑が一つぐらいでした😅鹿威しが響いていたので情緒的のは良いのですがちょっと物足りない気も・・・。
ネットを調べるとHPを新しくつくられたようで、神社の様子や行事予定もあり、御朱印も申し込めそうなので送ってみました。無事いただけたらまた投稿しようと思います😊

当神社は、承安3年(1173年)の創建とされています。古くは「近江尾之八幡宮」と称していましたが、この読みは”ちかつおの八幡宮”で、近江の古称”近淡海(ちかつあはうみ)”の八幡宮、すなわち「近江国の八幡宮」に由来する古く大きな名前を持っています。また平城京の陪都”保良宮(ほらのみや)”(759年造営、現晴嵐小学校付近)の裏鬼門に当たるので「保良宮の守護神」であったと言われています。後には後白河天皇の命により「石山寺祈護の宮」として勧請(石山寺記録中之巻三)の説もあります。近世に至り膳所藩本田家の崇敬も篤く、千年を超えて国分の人々により産土神・氏神、「お宮さん」として守られてきました。
| 住所 | 滋賀県大津市国分2丁目442 |
|---|---|
| 行き方 |
| 名称 | 近津尾神社 |
|---|---|
| 読み方 | ちかつおじんじゃ |
| 参拝時間 | 境内自由 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | 社務所横にあり |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 077-534-0465 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| メールアドレス | chikatsuo.jinja@gmail.com |
| ホームページ | https://www.chikatsuo-com.com |
| ご祭神 | 《主》誉田別尊、息長足姫尊、武内宿禰尊 |
|---|---|
| 創建時代 | 承安3年(1173年) |
| 本殿 | 一間社流造 |
| ご由緒 | 当神社は、承安3年(1173年)の創建とされています。古くは「近江尾之八幡宮」と称していましたが、この読みは”ちかつおの八幡宮”で、近江の古称”近淡海(ちかつあはうみ)”の八幡宮、すなわち「近江国の八幡宮」に由来する古く大きな名前を持っています。また平城京の陪都”保良宮(ほらのみや)”(759年造営、現晴嵐小学校付近)の裏鬼門に当たるので「保良宮の守護神」であったと言われています。後には後白河天皇の命により「石山寺祈護の宮」として勧請(石山寺記録中之巻三)の説もあります。近世に至り膳所藩本田家の崇敬も篤く、千年を超えて国分の人々により産土神・氏神、「お宮さん」として守られてきました。 |
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