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あたごじんじゃ

愛宕神社(千代田町上五箇)
群馬県 武州荒木駅

愛宕神社(千代田町上五箇)の基本情報

名称愛宕神社(千代田町上五箇)
読み方あたごじんじゃ

詳細情報

ご祭神《主》加具土命
《合》誉田別命・大山祇命
《配》山王社 浅間社 湯殿社 八幡宮 神明社 八坂社
《出羽三山講塚》旭向八幡神宮・三山敬愛神社・出羽三山
創建時代不詳
創始者京都から来た公家
ご由緒

本村の鎮守である愛宕大神の御神像については、村人の間でも詳しい由来は伝わっていなかった
ところが、大正4年8月28日(旧7月19日)、三山講社が鎮守の神前を借りて七日間の水行を行っていたところ、神勅(神のお告げ)があった。
そのお告げによれば――
昔、上五箇村のあたりは戦乱のため、都にいた公家が東国へ落ち延び、この地に住みついた。
その際、守護神として京都の愛宕大神を祀ろうと考え、現在の社殿の場所に祠を築き「愛宕大権現」と名づけて崇拝した。
また、駒形の地には祖先を祀るために一つの堂を建てた。 これが現在の阿弥陀堂である。
さらに、今から416年前、朝廷を乱そうとする企てが起こった際、京都の愛宕大神の御神像を背負って逃れ、関宿付近(現在の千葉・茨城・埼玉三県境)まで来たものの、安置する場所が見つからなかった。
そこで利根川の源流近くまで遡り、当村に戸数三戸の家と社があるのを見つけ、現在の阿弥陀堂に御神像を安置して京都へ戻ったという。
しかし京都では、その御神像を八方探しても見つからず、やむなく新たに神体を彫って安置したと伝えられている。
上五箇村の始祖は吉永家の祖先・吉永五計であり、この由来は後世に伝えるべきものとして申し渡された。 よってここに記録する。
鎮守の御神像が彫られたのは、今から二千九百九十九年前のことである。
右の文は鎮守の神勅であり、吉永家のものだが、講社の人々も多いため、煩雑を避けるためにここに伝え置く。
大正4年秋、この箱を作り、この事を記念して記した。
(上五箇村鎮守愛宕大神御身鉢ノ由来大略より現代訳)
――――――――――
【出羽三山講】
上記の古文書のように、この上五箇地域は「さんやま講」という出羽三山信仰が江戸時代から大東亜戦争終了まで盛んな地域で、愛宕神社の祭祀にも深く関わっていた。
吉永家の先祖は羽黒山の大先達で、この地方の信仰を高めた。吉永家が中心となって、年輩の者(50~60才位)の男性が集まり、16人くらいで信心者が集まって講を作っていたという。
――――――――――
【旭向(ヒノムク)八幡神宮】
出羽三山講塚に祀られている、旭向八幡神宮の祭神は八幡太郎義家である。
この神社は、もともと上五箇の小字福田に鎮座していたものだが、明治43年に愛宕神社へ合祀した(明治時代の利根川の大洪水が関係していると思われる)
この八幡様にはつぎのような伝説がある。
八幡太郎義家が蝦夷征伐に行くとき、利根川を渡って五箇地先へ上陸したときに太陽が上がったので、旭向と名付けた。
なお、邑楽町と千代田町の境界付近には鞍掛という地名がある。鞍掛というのは、義家がそこまで行って疲れたので乗っていた馬の鞍を掛けた場所と伝わる。
また、渡河を始めた時は日暮れだったので、埼玉側には「日暮れ八幡(しぐれ八幡)」も祀ったという(対岸の行田市にある酒巻八幡神社か?)
ちなみに現在、旭向八幡神宮は出羽三山塚の他に拝殿内にも祀られており(《合》の誉田別命と思われ)字福田の人が祭祀を引き継いでいるとのこと。
――――――――――
【上五箇のササラ】
愛宕神社の夏祭りの7月24日には(以前は旧6月24日)、「上五箇のササラ」という獅子舞が盛大に行なわれていたという。
愛宕神社のササラがいつ頃から始まったか記録はない。
言い伝えでは、昔はここでは「天王様の祭り」という荒々しい祭りが行われており、暴れて多くケガ人が出るので、川向こうの埼玉県行田市下中条の長楽神社から獅子を取り入れたものという(館林市上三林町の雷電神社のササラと同起源)
獅子の行例は次の道順で村を回りながら、要所要所で獅子舞をする。
愛宕神社(六〇分舞う)⇒小宮四社(一〇分ずつ四〇分舞う)⇒三橋神社(一〇分舞う)⇒県道⇒中道⇒駒形神(舞う)⇒堤防⇒渡船場⇒愛宕神社(昼食、再出発)⇒長生寺(弁天様を六〇分舞う)⇒社総代(三人のうち一人の家に寄り、六〇分舞う)。
この巡行は社内の厄神除けに回るもので、道中笛を吹きながら一行が進む。身体の弱い子は親に頼まれて獅子頭をかぶせてやると、丈夫に育つ呪いになる。
道順は決まっていて、社総代の家以外には個人の家には寄らない。昼食は愛宕神社で食べて再出発するが、同じ道を二度と通らない。道中の家々ではバケツに水を用意しておいて、一行に水を飲ませてくれる。信心でもあり、余興にもなっていた。 

ご利益
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