しょうぼうじ
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正法寺ではいただけません
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正法寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2021年05月25日(火)
参拝:2020年5月吉日
正法寺(しょうほうじ)は、埼玉県東松山市にある真言宗智山派の寺院。山号は巌殿山(いわどのさん)。本尊は千手観世音菩薩。通称は「岩殿観音」。坂東三十三所観音札所10番。なお、第9番慈光寺、第11番安楽寺とともに「比企三山」とも言われる。
創建は奈良時代初期の718年、沙門逸海が物見山の岩窟に千手観音を納め「正法庵」と称したのが始まり。奥州討伐に向かう坂上田村麻呂が村人に悪龍退治を頼まれ、観音に祈願し悪龍を退治したという伝説が残る。鎌倉時代には北条政子の守り本尊として、源頼朝の命により比企能員が再興し、室町時代には隆盛を築いた。その後廃れたが、安土桃山時代の1574年に栄俊が再興し、中興開山となった。江戸時代には徳川家康から寺領25石の朱印地を下賜され、坂東巡礼が流行すると門前町が大いに栄えた。
当寺は、東武東上線・高坂駅の西方3kmほどの小山(物見山)の中腹にある。東京からクルマだと、関越自動車道・坂戸西スマートICから県道212号線などを経由し北北西に14kmほど。門前町から一段上がったところに山門や寺務所があって、さらに一段上がった崖を切り崩したようなところに観音堂や鐘楼といった諸堂がある。自然に囲まれてはいるが、そばに県道212号線が通り、大学キャンパスがあったりゴルフ場があったりと開発が進んでいるので、山寺の雰囲気はない。特に境内の上部の県道沿いに物見山公園があって、そこから下って境内に入ることができるので交通の便が良く、気軽に立ち寄ることができる。
参拝時は週末の午後で、数組の家族連れなどが参拝に来ていた。
創建は奈良時代初期の718年、沙門逸海が物見山の岩窟に千手観音を納め「正法庵」と称したのが始まり。奥州討伐に向かう坂上田村麻呂が村人に悪龍退治を頼まれ、観音に祈願し悪龍を退治したという伝説が残る。鎌倉時代には北条政子の守り本尊として、源頼朝の命により比企能員が再興し、室町時代には隆盛を築いた。その後廃れたが、安土桃山時代の1574年に栄俊が再興し、中興開山となった。江戸時代には徳川家康から寺領25石の朱印地を下賜され、坂東巡礼が流行すると門前町が大いに栄えた。
当寺は、東武東上線・高坂駅の西方3kmほどの小山(物見山)の中腹にある。東京からクルマだと、関越自動車道・坂戸西スマートICから県道212号線などを経由し北北西に14kmほど。門前町から一段上がったところに山門や寺務所があって、さらに一段上がった崖を切り崩したようなところに観音堂や鐘楼といった諸堂がある。自然に囲まれてはいるが、そばに県道212号線が通り、大学キャンパスがあったりゴルフ場があったりと開発が進んでいるので、山寺の雰囲気はない。特に境内の上部の県道沿いに物見山公園があって、そこから下って境内に入ることができるので交通の便が良く、気軽に立ち寄ることができる。
参拝時は週末の午後で、数組の家族連れなどが参拝に来ていた。
門前町から階段を登って来ると<仁王門>。かつて運慶作の仁王像があったが江戸時代に焼失し、文化年間(1808年~1814年)の再建。現在の仁王像は平成の解体修理時に漆を塗り直し、漆保護のため紫外線カットガラスに覆われているとのこと。ガラス張りの方が見やすい。
仁王門をくぐると、上の段の境内まで一直線に階段が伸びている。
階段を登り切った右手方向にある、江戸時代中期1702年に建てられた<鐘楼>。茅葺、寄棟造。銅鐘は1332年の銘があり、1590年の豊臣秀吉による関東征伐の際に、大道寺入道政繁がこの金を引きずり回して打ち鳴らし軍勢を鼓舞したと言われ、その時についた傷が残っているとのこと。
鐘楼の位置からの<門前町>の眺め。
階段を登り切った左手方向を望む。この方向に<観音堂>、<薬師堂>、<百地蔵堂>がある。
<観音堂>をはじめとする建物が立つエリアの入口。参道の突き当りが<観音堂>。
参道の左側にある<水屋>。
参道の右側にある<百地蔵堂>。弘法大師空海の作と伝わる地蔵菩薩をはじめ、百の地蔵が祀られている。
少し進んで参道の右側にある<薬師堂>。薬師如来と十二神将のほか、1887年信州善光寺三尊阿弥陀如来が分身安置された阿弥陀如来が祀られている
観音堂は一段高い場所にある。
観音堂正面。無数に張られた千社札と、古そうな無塗装の彫刻が目を引く。
観音堂全景。建物は1879年に他の場所から移築されたもの。江戸時代後期のものと推測されている。
観音堂の右手にある<絵馬堂>(かな?)。
観音堂の右手、絵馬堂の後ろには、たくさんの石造が並ぶ。西国・坂東・秩父の百観音と四国八十八所の写し本尊で、巡礼と同じ御利益があるとのこと。
観音堂入口の、観音堂を見つめる位置に立つ<水子地蔵像>。
水子地蔵像の右隣に立つ<弘法大師空海像>。
観音堂に向かって左方向の数十m離れた場所にある<大イチョウ>。かなりの巨木で、樹齢700年、幹回り11mとのこと。
何よりも強烈だったのは、<大イチョウ>の根元。力強い生命の息吹を感じざるを得ない。江戸時代には<養老木>と呼ばれ、多くの女性に安産子育守護の対象として信仰されたとのこと。
仁王門のところまで戻り、仁王門くぐって右側にある、下の境内の入口。
門をくぐると、正面に<本堂>。阿弥陀如来を祀っている。
本堂の右手にある<納経所>。御朱印はこちら。
すてき
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惣一郎1269投稿
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