じこうじ|天台宗|都幾山
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楽しみ方慈光寺のお参りの記録一覧
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関東最古の山岳寺院。
天武天皇2年(673)僧慈訓が慈光老翁の命により千手観音堂を建て、観音霊場として開基した。その後西蔵坊を設けて修験道場となり、奈良時代には釈道忠によって、慈光寺創建となる。平安時代には最澄が比叡山に天台宗を開宗した際、2000余巻の経典が奉納されるなどし、桓武天皇の時代は女人禁制の道場として、また千手観音霊場として大変栄えた。鎌倉時代には源頼朝が文治3年(1189)に奥州藤原追討の戦勝祈願にに愛染明王像を寄進したたりと、長きに渡りの繁栄がありましたが、戦国時代になり太田道灌らの焼き討ちにあい、栄華を誇った寺院も衰退の道をたどります。
すごい歴史だと思います。勉強しないと、こちらのお寺の価値はわからない、、わからないまま、お参りしてしまったようです。
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慈光寺は、埼玉県比企郡ときがわ町にある天台宗の寺院。山号は都幾山(ときさん)、院号は一乗法華院。本尊は十一面千手千眼観世音菩薩。坂東三十三所観音札所9番。関東最古の山岳寺院。なお、第10番正法寺、第11番安楽寺とともに「比企三山」とも言われる。
創建は飛鳥時代の673年、慈光翁の命で興福寺の僧・慈訓が彫った千手観音を本尊として祀ったのが始まりで、のちに鑑真和上の高弟・道忠が開山となって堂宇を整えた。平安時代の貞観年間(859年~877年)には勅願所となり、天台宗の別院となりその中心的な寺院となった。鎌倉時代には源頼朝の手厚い保護を受け、一山75坊の大寺院として栄えた。江戸時代には徳川将軍家も帰依を得て保護された。
当寺は、JR八高線・明覚駅の西方7kmの都幾山の中腹にある。東京からクルマだと、関越自動車道・坂戸西スマートICから県道30号線などを経由し北西に27kmほど。県道172号線の宿交差点からは、ちょっとしたワインディングをくねくね登った途中に境内入口が現れる。山の中の大自然に囲まれていて、古の修行僧の寺といった風情。境内は大きくは2段に分かれていて、寺務所や宝物館がある下の段と、観音堂がある上の段で、その間にもぱらぱらと堂宇が点在している。
参拝時は週末の午後、コロナ禍の混雑を避けてか、数組の夫婦や家族が来ていた。
※室町時代後期建立の<開山塔>(覆屋)や鎌倉時代作の銅鐘が国指定の重要文化財となっているが、参拝時発見できず...残念。
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