すぐろじんじゃ
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楽しみ方勝呂神社のお参りの記録一覧

東武東上線「北坂戸駅」よりコミュニティバス「勝呂小学校」バス停下車徒歩5分。
坂戸神社での参拝のあとに御朱印をいただきに参拝です。









境内右に普段は無住の社務所。書き置きの御朱印が置いてありました。


大宮住吉の次に勝呂神社を参拝して勝呂神社と坂戸神社の書置き御朱印(各500円)を無人の授与所で頂きました。

勝呂神社の鳥居と社号標

勝呂神社の御由緒


手水舎

神楽殿

神楽殿


勝呂神社の拝殿

拝殿の扁額

勝呂神社の本殿


授与所の案内

授与所(書置き御朱印が置いてある)
※勝呂神社と坂戸神社の御朱印

勝呂神社の御朱印(書置き)

木曽義仲所縁の神社巡り④萩日吉神社から車で向かいました。こちらの神社は木曽義仲は関係がありませんでしたが、近く迄来たので寄りました。通称白山様と呼ばれています。御配神の四道将軍の一人、東海道将軍の武渟河別命の古墳上に鎮座しています。
御朱印は一度拝殿に向かって右手の鳥居を出た先の授与所で書き置きの御朱印を坂戸神社も含めてセルフ式で戴きました。

社号標

鳥居



石段

手水舎


神楽殿



石段


境内社 八幡社 金守稲荷社

拝殿

扁額

本殿

石段上から

境内社 熊野神社 箭弓稲荷神社 氷川神社


境内社 三峰神社


勝運霊石


境内社 天満天神宮




境内社 稲荷神社

藤神授与所


勝呂神社(すごろ~)は、埼玉県坂戸市にある神社。旧社格は村社。主祭神は菊理姫命(くくりひめ)、伊邪那岐命、伊邪那美命、配神は建渟河別命(たけぬなかわわけ)、豊城入彦命(とよきいりひこ)。
社伝によると、平安時代中期986年に加賀国一之宮・白山比咩神社を勧請して創建。平安後期、後三年の役に向かう源義家が戦勝祈願し、その凱旋の折、奉賽し社領を定めた。鎌倉時代になると、武蔵七党の村山等に属した須黒(勝呂)氏が氏神として篤く信仰し、1213年に社殿を再営し、社号を「勝呂白山権現」と改めた。江戸時代になると幕府から朱印地5石を下賜し、1681年に現在の本殿が造営された。明治時代に入り、社号を「白山神社」と改め、近代社格制度における村社に列格した。
さらに1908年に地内の無社格15社を合祀し、社号を「勝呂神社」とし、勝呂郷総鎮守となった。
当社は、東武東上線・北坂戸駅の東方3kmの農耕地の端にある。社殿がひと際高い場所にあって、まるでお城の天守閣のようになっている。境内は旧村社として一般的な広さで草木は少な目。古木も見当たらず、その分境内の見通しがいい。
今回は、御朱印本に掲載されている人気神社として参拝することに。参拝時は週末の夕方で、参拝者は自分以外にはいなかった。(17時を過ぎ、社務所が閉まっていたため、御朱印を拝受できなかった...涙)

境内南端にある<鳥居>と<社号標>。

参道両側の2本の木の葉っぱでできたトンネルを抜ける。

階段を上がってすぐ左手にある<手水舎>。

階段を上がってすぐ右手にある<舞殿>。

参道進んで右側にある<社務所>。御朱印は(たぶん)こちら。

古墳の上にある<社殿>。神の社に近づく感じが分かりやすくて非常に良い!

階段手前左側にある<八幡社・金守稲荷社>。

階段手前右側にある境内社。表札はないが狐がいるので<稲荷社>。

階段を登る。

<拝殿>正面。扁額には<勝呂神社>の文字。

拝殿の左側にある<箭弓稲荷神社・氷川神社・熊野神社>。

拝殿手前右があにある<勝運霊石>。

拝殿右側にある境内社(?)。

拝殿前から来た道を見下ろしたところ。かなり景色が良い~♪

境内の北西部にある<鳥居>。当社は、境内南端と境内北西部、あと社務所脇の境内東部の3カ所に入口と<鳥居>がある。
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