ひろせじんじゃ
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楽しみ方廣瀬神社のお参りの記録一覧
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延喜式神名帳に記載される武蔵国入間郡五座の1つになります。
社伝によりますと、景行天皇の御代、日本武尊が当地に来られました時、入間川の風景が大和国(奈良県)広瀬河合の地にあまりにもよく似ていることから、当地を「廣瀬」と名付けるとともに廣瀬神社(現 廣瀬大社)より若宇迦能売命を移し祀ったといいます。
若宇迦能売命は女神であることから荒々しいことを嫌うと云われています。
ゆえに、地元の者が獅子頭を彫ると病気になるといわれ、獅子に関する行事は遠慮されています。廣瀬神社境内に狛犬がいないのはそのためです。
明治40年には八衢比古命、八衢比売命、久那斗命が合祀されました。
一時期、祭神に"白鬚明神"が加えられていたことがあるのですが、これは別当寺だった宝蔵寺の影響であると考えられています。宝蔵寺は高麗郡新堀村聖天院末で、高麗郡は多くの白鬚神社が祀られていることで知られています。
御朱印などの授与は1日と15日の午前中のみになります。この日は対応日ではありませんでしたが、参拝に来ている方が多数いました。
境内南西には「稲実の池」があり、大きな鯉やカルガモ🦆がたくさんいて、眺めながら癒しのひとときを過ごしました😊


廣瀬神社は、埼玉県狭山市にある神社。式内社で、旧社格は県社。主祭神は若宇加能売命(わかうかのめのみこと)。相殿神として神火産霊命(かみほのむすびのみこと)・木花咲耶姫命(このはなさくやびめのみこと)・八衢比古命(やちまたひこのみこと)・八衢比売命(やちまたひめのみこと)・久那斗命(くなとのみこと)の5柱を祀る。
社伝によると、景行天皇の御代、日本武尊が東征の際に当地を訪れ、廣瀬大社が鎮座する大和国広瀬郡川合(現奈良県北葛城郡河合町)に似ているとして廣瀬大社の神々を分祀し武運長久と五穀豊穣を祈願したことに始まるとしている。ただし、日本武尊が伝説上の人物で、廣瀬大社にも武蔵国に分祀した記録がない。国史の初見は『日本文徳天皇実録』で、850年に官社に列した記録がある。平安時代927年の『延喜式神名帳』に記載がある「武蔵国 入間郡 廣瀬神社 小」に比定されている。
江戸時代には、上広瀬村、下広瀬村の鎮守となったが、1823年に別当寺の宝蔵寺の火災で古文書を焼失している。明治時代の近代社格制度下では郷社に列し、のちに県社に昇格した。
当社は、西武新宿線・狭山市駅の西方3km、西武池袋線・入間市駅の北方3kmの入間川の北側ののどかな住宅街にある。旧県社格らしく境内は広々していて、御神木の大ケヤキを中心に自然が溢れている。野鳥にとっても憩いの場となっていると思われる。
今回は、武蔵国の式内社ということで参拝することに。参拝時は週末の午後で、参拝自体には興味がなさそうなカメラ愛好会のメンバー20人ほどが、境内を思い思いに撮影しながらふらふら歩いていた。
※社務所の張り紙によると、毎月1日と15日の午前中のみ社務所が開いているとのこと。おそらく御朱印はそのタイミングのみ拝受できると思われる。

大通りから見た境内入口の<鳥居>。鳥居が奥まっていて、社号標が少し離れているので目立たない。

鳥居をくぐると広い駐車場エリアがあって、さらに進むと石の塀で囲まれた神域に入る。カメラ愛好会のメンバーが大勢で木の上を見上げている。
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