きたのてんじんじゃ
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【武蔵國 式内社巡り】
北野天神社(きたの・てんじんしゃ)は、埼玉県所沢市小手指元町にある神社。式内社(比定2社、論社1社)で、旧社格は県社。社名は総称で、登記上の宗教法人名称は「物部天神社・國渭地祇神社・天満天神社」。物部天神社(もののべ・てんじんしゃ)は、祭神は櫛玉饒速日命(にぎはやひ)、式内社「物部天神社」に比定、式内社「出雲伊波比神社」を合祀(論社)。國渭地祇神社(くにいちぎ~)は、祭神は八千矛命(やちほこのかみ)で、式内社「國渭地祇社」に比定。天満天神社(てんまん・てんじんしゃ)は、祭神は菅原道真公。その他、宗良親王、小手指明神、天穂日命、応神天皇、日本武尊命、倉稲魂命を合祀している。
社伝によると、日本武尊が東征の折に創祀したのが始まり。物部天神社は、武蔵国造(无邪志国造)であった物部氏が、祖神である饒速日命を祀ったものとされる。上記の通り、平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「武蔵國 入間郡 五座(並小)」のうち、「物部天神社」と「國渭地祇社」に比定され、「出雲伊波比神社」の論社となっている。天満天神社は、995年に菅原道真の5世の子孫・菅原修成が武蔵守として京都北野神社から勧請し、その後、源義家、源頼朝、足利尊氏、前田利家により社殿が造営された。江戸時代には幕府から朱印地を下賜され、1722年には江戸の旧目白不動院長谷寺において、当社御神体の江戸出開帳が行われ、社宝の掛幅や文書が江戸城内に提出された。明治時代に入ると、近代社格制度のもと県社に列格した。
当社は、西武池袋線・狭山ヶ丘駅の南東3kmの、都道179号線(所沢青梅線)の北側のやや小高い場所にある。樹木が豊かな参道を進むと、社殿周りには広々とした境内地が広がる、社殿は大きく、境内社も多く建っており、見どころの多さを含め、さすが旧県社格と感じさせてくれる。
今回は、武蔵国の式内社、旧県社ということで参拝することに。参拝時は週末の午後、境内は自分以外にもぱらぱらと参拝者が訪れていた。
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