たもんいん|真言宗豊山派
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多聞院は所沢市中富にある真言宗豊山派の寺院で、宝塔山吉祥寺と号します。元禄7年(1694)に川越藩主となった柳沢吉保が武蔵野の開発に着手、元禄9年(1696)に開発した三富新田(上富・中富・下富)の祈願所として毘沙門天社(別当寺多聞院)を建立しました。明治維新後の神仏分離により毘沙門天社を毘沙門堂と改めています。当寺の毘沙門天は、武田信玄の守り本尊と伝えられ、12年に一度の虎歳には本尊の毘沙門天が開帳されるようです。奥多摩新四国霊場八十八ヶ所36番です
3年前の初冬に見事な紅葉を見学に訪れましたが、今回は牡丹を見にきました。ちょっと早過ぎたか遅過ぎたか??牡丹は少なかったようです。四季折々の境内や身代わり寅/かわらけ当て/笠地蔵/力石/狛寅/鬼の悟り/化石の手水舎/水子地蔵等の見どころ満載に加え、武田信玄、柳澤吉保といった大物2人の由緒がある寺院です。


7/24寅の日🐯つーことで真言宗多聞院へ🙏
寅人形が多数奉納されており、身代わり寅として
災いを引き受けてくれます🐯
私も寅人形に想いを込め、お納めしました。
お寺の由来ですが、江戸幕府五代将軍
徳川綱吉公の時の大老柳沢吉保公の命で建立。
柳沢家は元々武田家家臣出身で、滅亡後は
徳川家に取り込まれました。
きっと肩身の狭い思いをした事でしょう。
そんな出自の吉保公ですから反骨精神もあり
日頃から信玄公を崇拝し、武田家の誇りを
公言していた様です。
そんな想いを知っていたかの様に巡り巡って
信玄公所持品の毘沙門天像が吉保公に辿り着きました。
想いは物に宿ると言います。
やっぱり収まる人の所へ収まるのですね。
その後吉保公所領の川越藩の地に元々神明神社があり
その隣に多聞院を建立。
信玄公所持品の毘沙門天像を御本尊としました☀️
戦のおりに信玄公がマイ兜の中に納め出陣し
川中島の戦いなど数々の戦を経験し
勝利へと導いて下さった仏様ですから
ずっご〜いパワーがあること間違いなし⭕️
戦国武将好きの私としては最高のお寺でした🌈
しかも吉保公が私と同じ館林の出身という事もあり
呼ばれた様な気がしてます。
隣の神明神社へも参拝させて頂きました☀️
本日も神仏習合Wパワーを全吸収❗️
全身で浴びまくりまくりすてぃー🤩
神様〜っ☀️
本日もお導き下さり誠にありがとうございました😭





~毘沙門さんに願いを!~タイガース「アレ」祈願 毘沙門天ウル寅マラソン その49 埼玉県所沢市「2」
西武新宿線「所沢駅」より車で20分。
武蔵野七福神の札所の真言宗寺院。ご本尊は大日如来です。
駅から郊外へ走らせると畑と工業団地の中にこんもりした緑の境内があります。
近年では、「牡丹の寺」としても知られています。
創建は1696年、川越藩主の柳沢吉保が一寺一社に基づいて祈願所として毘沙門社を建てたのが始まりです。
ここの毘沙門天は、かつて武田信玄の守り本尊であった黄金の小さな毘沙門天であって、川中島の戦いにおいて、兜の内に納めて赴いたと言われています。
1582年の武田家の滅亡後、ある僧を介して毘沙門天堂の本尊として祀られたそうです。
昨年、12年に一度のご開帳がありました。
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