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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※多聞院ではいただけません

たもんいん|真言宗豊山派

多聞院

埼玉県 新所沢駅

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04-2942-0814

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
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パーキング
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あり

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☀️太陽を探して☀️
2022年07月24日(日)
64投稿

7/24寅の日🐯つーことで真言宗多聞院へ🙏
寅人形が多数奉納されており、身代わり寅として
災いを引き受けてくれます🐯
私も寅人形に想いを込め、お納めしました。

お寺の由来ですが、江戸幕府五代将軍
徳川綱吉公の時の大老柳沢吉保公の命で建立。
柳沢家は元々武田家家臣出身で、滅亡後は
徳川家に取り込まれました。
きっと肩身の狭い思いをした事でしょう。
そんな出自の吉保公ですから反骨精神もあり
日頃から信玄公を崇拝し、武田家の誇りを
公言していた様です。
そんな想いを知っていたかの様に巡り巡って
信玄公所持品の毘沙門天像が吉保公に辿り着きました。
想いは物に宿ると言います。
やっぱり収まる人の所へ収まるのですね。

その後吉保公所領の川越藩の地に元々神明神社があり
その隣に多聞院を建立。
信玄公所持品の毘沙門天像を御本尊としました☀️
戦のおりに信玄公がマイ兜の中に納め出陣し
川中島の戦いなど数々の戦を経験し
勝利へと導いて下さった仏様ですから
ずっご〜いパワーがあること間違いなし⭕️

戦国武将好きの私としては最高のお寺でした🌈
しかも吉保公が私と同じ館林の出身という事もあり
呼ばれた様な気がしてます。
隣の神明神社へも参拝させて頂きました☀️
本日も神仏習合Wパワーを全吸収❗️
全身で浴びまくりまくりすてぃー🤩
神様〜っ☀️
本日もお導き下さり誠にありがとうございました😭

多聞院(埼玉県)

武田信玄公
名入り御朱印

多聞院の本殿多聞院(埼玉県)

沢山の身代わり寅

多聞院(埼玉県)多聞院の建物その他多聞院(埼玉県)多聞院(埼玉県)多聞院(埼玉県)

開運かわらけ当て

多聞院(埼玉県)多聞院(埼玉県)多聞院(埼玉県)

うちわも頂きました

多聞院(埼玉県)

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ついつい買ってしまった

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平成元年ママ
2022年01月11日(火)
412投稿

神社みたいなお寺と想えた。
毘沙門天と云う神さま祀っていらっしゃるからと想われた。

もともとは長岡開山所建屋内(東京の瑞穂町 長岡1-58-21)に在った
武田翁さまが作られた奥多摩八十八ヵ所石仏を
このお寺に移築された。
それで2013年9月5日から奥多摩八十八ヵ所の札所になったそうな。

武田翁さまの家は、御子息さまが居られない無人だったので
此処に移転されて、良かったと想われた。

多聞院の本殿

多聞院様本殿

多聞院の末社

神明社の神社の境目にも神社❓ 多聞院の一部らしい。

多聞院の末社

神社から直ぐ、奥多摩八十八の札所有りました。

多聞院の末社

此処、武田翁様造った石仏有りました。

多聞院の末社

周りにも面白味ある石仏有りました。一個一個お賽銭上げて挨拶しました。

多聞院の狛犬

キツネさまみたいな山の犬さま?

多聞院の狛犬

向かって左側も山犬さま?

多聞院のお祭り

此処も護摩祈祷あった。

多聞院の授与品その他

護摩木書いた

多聞院の授与品その他

護摩祈願

多聞院の授与品その他

此処の特徴。黄色い虎自分自身名前書いて置いてくる。

多聞院の授与品その他

黄色い虎のお金此処に入れた。

多聞院の庭園

力いし。

多聞院の庭園

マトあて。

多聞院の庭園

境内。

多聞院の御朱印

こういう御時世で、御朱印帳には書かないとの事。お気持ちで良いそうな。

多聞院の授与品その他

振動でウゴク獅子舞人形。

多聞院の御朱印

奥多摩八十八の専用御朱印

多聞院の体験その他

お寺の予定表

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多聞院の基本情報

住所埼玉県所沢市中富1501
行き方
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名称多聞院
読み方たもんいん
通称牡丹の寺
御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号04-2942-0814
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

宗旨・宗派真言宗豊山派

Wikipediaからの引用

概要
多聞院(たもんいん)は、埼玉県所沢市中富にある真言宗豊山派の寺院である。 山号は宝塔山。寺号は吉祥寺。本尊は大日如来。
歴史
歴史[編集] 元禄9年(1696年)に柳沢吉保(当時川越藩主)が三富新田として上富・中富・下富村を開村した際、一寺一社の制に基づき、開拓農家の檀家寺として上富に多福寺を、また中富に祈願所・鎮守の宮として毘沙門社(・多聞院)を創建した[1]。その後同境内に近隣地域より神明社を勧請し同地域一帯の産土神として祀り、1868年(明治元年)の神仏分離令によって同院境内の西側は神社(神明社)として、東側は寺院としてそれぞれ独立し、今日に至っている。 また近年では、境内に立体曼荼羅をイメージして植え込まれたとされる23種類300株の牡丹が咲く名所としても知られ、通称「牡丹の寺」として親しまれている。 ...Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通アクセス[編集] この節の加筆が望まれています。
行事
行事[編集] 「身がわり寅(とら)」 毎年5月1日には毘沙門天の化身とされる虎に因んで「寅まつり・寅年には大般若経転読会(てんどくえ)」が催される。無病息災を祈願する大法要とされ、この日は境内に団子屋、植木屋などの出店が出たり、地元保存会による囃子なども披露される。 また初詣や寅まつりの頃には「身代わり寅」を奉納する人も多く、シーズン終了頃までには堂の欄干部までが小さな黄色でびっしりと埋め尽くされる光景となる。 「身がわり寅(とら)」は、毘沙門天の化身とされる寅に、身に降りかかる災いを託して奉納するというもの。
引用元情報多聞院 (所沢市)」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%A4%9A%E8%81%9E%E9%99%A2%20(%E6%89%80%E6%B2%A2%E5%B8%82)&oldid=89963542

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