『草加は昔、沼や湿地の広がる土地で背の高い草が生い茂り(葦など)人も馬も通れないほどだった。
その草を刈り取って束ねて敷き埋めて道を作り、宿場町も出来、栄えて行った』
刈り取った草をどんどん加えていったから「草加」になったという説です。
豊富にあった草には茅も含まれるとおもうので、この辺り一帯が茅が繁る「茅野」だったのかなぁと想像します。
この神社はどこにも由緒書などが見当たらず、インターネットでも出てこなかったです。
読みも「ちの」か「かやの」かわかりませんでした。
勝手に想像するのも楽しいものです。