かわぐちじんじゃ
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楽しみ方川口神社のお参りの記録一覧(2ページ目)

川口を走って巡り会った神社です。境内が広く末社もたくさんありました。普段からたくさんの方がお詣りされているようで、今日も多くの方がお詣りされていました。富士塚もありました。




















川口神社は、埼玉県川口市金山町にある神社。旧社格は県社。祭神は素戔嗚尊、菅原道真公、宇迦之御魂命、保食命、金山彦命。川口の総鎮守。「川口九社詣勾玉巡り」の1社。
社伝によると、平安時代の天慶年間(938年~947年)に武蔵国足立郡司判官代・武蔵武芝によって創建と伝わる。江戸時代には「氷川大明神」と尊称され、江戸幕府8代将軍吉宗が武蔵国の見沼開発(干拓事業)の工事成功祈願をし、成就後、神恩に感謝して神鏡を奉納した。ながく川口の鎮守氏神として領主・住民の崇敬を受けてきた。明治時代に村社に列し、近隣の天神社、稲荷社3社、金山社を合祀し「川口神社」と改称、川口市の総鎮守となり、1935年に県社に昇格した。
当社は、JR京浜東北線・川口駅の南東500mの市街地の中にある。旧県社らしく、街中にあっても境内は広く、自然を生かしながらもよく整備されており、社殿は大きく、境内社もしっかりした建物で整備されている。近隣に写真館などがあるところからすると、地域住民に七五三などの祝い事にもよく利用されている神社だと思われる。
今回は、川口市の神社9社で実施している「川口九社詣勾玉巡り」の1社目として参拝することに。参拝時は休日の午後、近所住民と思しき人々のほか、車で来ている家族連れなどもいた。
※御朱印については、基本はやっていないようで、「川口九社詣勾玉巡り」専用御朱印帳の場合のみ拝受可能と張り紙があった。残念…

境内南端にある、大きな<鳥居>。右側は<川口神社公園>。

鳥居をくぐると、<神門>と<社号標>。

神門をくぐって右側にある、重厚な<手水舎>。

参道左側にある<社務所・授与所>。「川口九社詣勾玉巡り」専用御朱印帳がある場合、御朱印はこちら。

拝殿向かって右手にある<神楽殿>。

重厚感のある<拝殿>全景。

<社殿>を横から見たところ。しっかりとした、美しい造り。

境内南東にある<浅間神社・富士塚>。後方には<浅間大神>と書かれた、たくさんの紺色の幟が立っている。

社殿右側にある<金山神社>。社殿は川口神社の旧社殿を移築したもの。金山彦命(かなやまひこのみこと)を祀る。江戸時代以降、川口鋳物業の発展に伴い、鋳物師の守護神「金山権現」として篤い信仰を受けたとのこと。

境内北東にある<梅ノ木天神社>。社殿の前には<撫で牛>と立派な<社号標>、大きな絵馬掛けがある。1894年に近隣から境内に遷座。

<大黒天>と<布袋尊>。

<鳥居>が立っている境内社<稲荷神社・石神井社・第六天社>。

中央が<稲荷神社>、左が<石神井社>、右が<第六天社>の合殿。

三社合殿社の左隣にある<八雲社>。素戔嗚尊を祀る。社殿は境外にあった旧金山神社社殿で、江戸時代の1707年建立。

八雲社の左隣にある<金刀比羅宮>。

金刀比羅宮の左隣にある<海軍一等機関兵小池幸三郎を偲ぶ碑>。

境内北西にある<川口護国神社>の鳥居。

<川口護国神社>の社殿。屋根と扁額付き。当社では、境内社の一つ一つが非常に大事にされていることが印象に残る。素晴らしい!

御祭神 素盞嗚尊、宇迦之御魂命、菅原道眞公、保食命、金山彦命
ご利益
厄除け、縁結び、家内安全、学業成就、農工業発展、金属生産
西暦940年頃に創建されたと伝えられており、「氷川社」と称されておりました 江戸時代には除地を定められ、「氷川大明神」と尊称されました。 明治時代には、町内の神社を合祀して、社名を「川口神社」とし、川口市の総鎮守として埼玉県の県社に列せられました
伺った日は、仏滅でした
御朱印はうけたまっておりませんと出てました
仏滅だから?、、、
聞いた所によると御朱印は、昨年の2月からやられてないようです





神門

手水舎


拝殿


拝殿の中



本殿

🍀御祭神🍀
💙素戔嗚尊💙
神話において、頭尾が各々八つに分かれ、
体が山ほどの大きさの大蛇である八岐大蛇
(やまたのおろち)を退治して稲田姫を
お助けになられたことから「厄除け」の
お力をお持ちであるとされ、また稲田姫と
結ばれたことから「良縁・縁結び」「家内
安全」をつかさどる神様でもあります。
💙菅原道真公💙
菅原公は醍醐天皇の御代に右大臣になる程
の学才をお持ちであったことから「学問」
の神様であります。さらに菅原公は空海・
小野道風らと共に”書道の三聖”と称され、
書道の上達を願う人々の信仰も篤く受けて
おります。また菅原公は奇御魂(不可思議
な力を持つ神霊)の力も大変強い神様で
あり、お怒りの際に雷を落とされたと伝え
られており、このことから火雷天神または
天神様の力もお持ちであるとされ「農耕・
漁業」の神様でもあります。
💙宇迦之御魂命 💙
💙保食命💙
お稲荷様で広く知られている神様で、五穀
をはじめとする全ての食物・蚕桑をつかさ
どっており、「農業から商業・殖産興業」
の神様であります。
💙金山彦命💙
金属資源や金属製品の生産と流通の神様で
あり、お金の円滑な流通などもつかさどる
「金属全般」の神様です。
ご由緒
川口神社⛩️はもと「氷川社」と称し、川口町の鎭守氏神(土地を治める神様)だったんですね😼
創始、天慶年鑑(てんぎょうねんかん:西暦940年前後)とされてるそうです
江戸時代には、⛩️「氷川大明神」⛩️と尊称され、八代将軍吉宗公が行った産米🌾のための見沼開発における芝川落口の門樋工事において、工事成功祈願の後、成功の運びとなったことからこの神恩に感謝して神前に奉納された神鏡は現在市指定文化財となってい
るそうです。
維新後の明治六年に村社に指定された後、町内の天神社、稲荷社(三社) 金山社を合祀(一つの社殿に他の神様をお迎えして御一緒にお祭りすること)して社名を「川口神社」と改めたそうです
残念なから今は御朱印やめられた
そうです😭





手水舎



拝殿


拝殿の中

本殿

何を思い立ったのか、赤羽八幡神社様にお参り後……川口まで歩いてみました🚶♀️何だか行けそうな気がしたのですよ。そんなに遠くも無くて…
最近引きこもるのが多くて久し振りに運動した感じでした。
神社自体は周囲に綺麗に溶け込めている素敵な一角でした。

入り口です。

看板がありました🪧

昼下がりの光が差し込む素敵空間です。

歴史ですね。

花がありました💐

御朱印の取り扱いはありませんでした。
川口駅か埼玉高速鉄道の川口元郷駅から徒歩で10分前後で行けます。
鳥居の手前に児童公園が地元にに根付いた神社の印象です。
広めの境内には浅間神社(富士塚)など摂社などが点在しています。




写真のとおり御朱印はありません。
『勾玉巡りのみ対応しております。』というのは
【川口九社詣 勾玉巡り】の事です。
詳しくは元郷氷川神社さんのホームページに詳細が載っています。
または私の元郷氷川神社さんの投稿で触れて居ますので興味のある方は是非。

埼玉県川口市の総鎮守
川口に住んで20年以上たつのに、初めて参拝させて頂きました。
街の中にある大きな鳥居。入り口に遊具もあって、街にとけ込んでいます。

この手前に遊具がありました



富士塚

富士塚(こちらから上れます)

御朱印料 500円~

JR京浜東北線川口駅から徒歩10分位のところに居られます。
人間ドックで市内に指定の病院がなかったので行ったことのない川口の病院を選んでその帰りに参拝いたしました。
良い雰囲気の境内で、狛犬がいっぱい居て狛犬大好きな私にはもうたまらない感じです。

額の彫刻が見事ですね。

拝殿の両脇にまず1組。

お目目がぐるぐるですね。


前髪の巻き髪も含めてぐるぐるで可愛いですね。

2組目は立尾の

顔が細いですね。


完全に吠えてますよね。

随身門です。

胸高さんですね。

良い表情ですね。

ぐーんと脚に力を入れて胸を張っていますね。



鳥居をくぐると、ちょっとぽてっとした可愛らしい立尾さん。




江戸末期の狛犬さんだそうです。



カッコいい表情ですね。

こっちも渋いです。

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