ほうちょうじ
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楽しみ方法長寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年05月13日(水) 22時56分39秒
参拝:2026年4月吉日
【青苔山(せいたいさん)法長寺(ほうちょうじ)】
本尊:十一面観音
宗派:曹洞宗
開基:内田重賢
御詠歌:六道をかねてめぐりておがむべし またのちの世をきくも牛伏
秩父札所三十四観音霊場 第7番札所。
本堂は「牛伏堂」とも呼ばれ、堂前にはその由来の牛の石像があります。
本尊:十一面観音
宗派:曹洞宗
開基:内田重賢
御詠歌:六道をかねてめぐりておがむべし またのちの世をきくも牛伏
秩父札所三十四観音霊場 第7番札所。
本堂は「牛伏堂」とも呼ばれ、堂前にはその由来の牛の石像があります。

【本堂・五重塔】

【観音霊験記による縁起:花園左衛門督長臣某(はなぞのさえもんのじょうちょうしんなにがし)】
第61代 朱雀天皇(在位:930-946)の時代、秩父郡の花園城主、左衛門督の家臣の男が、平将門が起こした天慶(てんぎょう)の乱に参戦しましたが藤原秀郷(ひでさと)の率いる官軍に攻められて山深く追い詰められ、命を落としました。その場所は、戦乱を避けるため、一人の僧が観音像を携えて隠れていた場所でした。僧は男の死骸を手厚く葬りました。乱の後、逃げ去っていた男の妻子がもとの家にもどり、夫の行方を捜したところ、夫が亡くなったことを知りました。妻子は、悲しみ、男の塚に通って供養しました。
やがてこの家に子牛が生まれました。この子牛は妻子にとてもよくなついていました。ある日、男の塚へ子牛を連れて行くと、子牛は塚の前でひざを折って涙を流しながら「悪い行いの報いで牛の身となった。観音さまを供養すれば救われる」と語り、そのまま息絶えたと伝えられています。妻子は、観音さまに祈り続け、男の魂はついに苦しみから解放されたといわれています。
第61代 朱雀天皇(在位:930-946)の時代、秩父郡の花園城主、左衛門督の家臣の男が、平将門が起こした天慶(てんぎょう)の乱に参戦しましたが藤原秀郷(ひでさと)の率いる官軍に攻められて山深く追い詰められ、命を落としました。その場所は、戦乱を避けるため、一人の僧が観音像を携えて隠れていた場所でした。僧は男の死骸を手厚く葬りました。乱の後、逃げ去っていた男の妻子がもとの家にもどり、夫の行方を捜したところ、夫が亡くなったことを知りました。妻子は、悲しみ、男の塚に通って供養しました。
やがてこの家に子牛が生まれました。この子牛は妻子にとてもよくなついていました。ある日、男の塚へ子牛を連れて行くと、子牛は塚の前でひざを折って涙を流しながら「悪い行いの報いで牛の身となった。観音さまを供養すれば救われる」と語り、そのまま息絶えたと伝えられています。妻子は、観音さまに祈り続け、男の魂はついに苦しみから解放されたといわれています。

【山門】

【不許葷酒入山門(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)】

【本堂】


【本堂 扁額】


【花頭窓】

【恵比須・大黒天】

【牛伏堂由来の石像】




【豊川稲荷】

【観音像】

【散華】

【御朱印】
すてき
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