ひじりじんじゃ
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聖神社について
直径3メートルの和同開珎で金運アップ⁉︎
拝殿右手には、直径3メートルの巨大な和同開珎のモニュメントが置かれています。
この和同開珎から、聖神社は金運のご利益があるといわれています。
境内には、全国からのお礼の報告があふれており、多い日には1日1000人もの参拝があるようです。
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この日最後は聖神社ですが、一回来て駐車場が満杯だった為、先に宝登山神社に上がってから戻ってきました^_^
お金にまつわる人気の神社でいつ来ても他県ナンバーの車が多くてすごいなぁと思います。

大きな和同開珎のオブジェはインパクト大

元明天皇の慶雲5年(708年)、我が国初のニギアカガネ(自然)が秩父の地で見つかり、朝廷に献上されました。
それがきっかけとなり、我が国最初の流通貨幣[和銅開珎]が鋳造されました。
朝廷は、勅使を遣わし祝山に神籬(神霊の宿るところ)を建てて金山彦尊を祀り祝典を挙げました。
聖神社の創建は和銅年2月13日で、和銅の産地といわれる露天振りの遺跡が近くにあります。
今でもニギアカガネが御神体として奉られ、和銅開珎ゆかりの神社であることから「銭神様」とも呼ばれ、「お金儲けの縁起の神様」として注目されています。
歴史
「続日本紀」によると、元明天皇の時代、慶雲5年(708年)に武蔵国秩父郡から和銅(ニギアカガネ)という天然の銅塊が発見され朝廷に献上されたことを祝い、年号が和銅に改元されたと記されています。
和銅元年(708年)、朝廷は勅使に雌雄一対の和銅製蜈蚣を持たせ、和銅が発見された和銅山前の祝山に、和銅と和銅製蜈蚣を御神体とした神籬を建て祝典を挙げました。祝典ののち、神籬を現在の地へ遷し、聖神社として神鎮められたと伝えられています。
これ以来、蜈蚣は聖神社の御眷属として大事にされています。
聖神社の聖とは、「この上なく耳聡く口すべらかな」(何をお願いしてもよく聞いてくれお願いを叶えてくれる)神様がいらっしゃるという意味でもあります。
昭和11年には、神饌幣帛料供進神社に指定されました。
昭和28年には、三笠宮崇仁親王が参拝し、社前に松をお手植えされました。翌年には勢津子秩父宮妃が参拝されました。
社殿は今まで5回建替えられたことが記録に残っており、現在の移築した社殿は、秩父市有形文化財に指定されています。
旧本殿は新社殿並びに遷され、和銅出雲神社として祀られています。
聖神社の情報
| 住所 | 埼玉県秩父市黒谷2191 |
|---|---|
| 行き方 | 秩父鉄道和銅黒谷駅から徒歩5分 |
聖神社の基本情報
| 名称 | 聖神社 |
|---|---|
| 読み方 | ひじりじんじゃ |
| 通称 | 銭神様 |
| 御朱印 | あり 御朱印には、『和同開珎』の印が押されています。 |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 0494-24-2106 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| おみくじ | あり |
| お守り | あり |
| 絵馬 | あり |
詳細情報
| ご祭神 | 《合》金山彦命,《主》大日貴命,国常立命,神日本磐余彦命 |
|---|---|
| 創建時代 | 708年(慶雲5年/和銅元年) |
| 本殿 | 一間社流造 |
| ご由緒 | 「続日本紀」によると、元明天皇の時代、慶雲5年(708年)に武蔵国秩父郡から和銅(ニギアカガネ)という天然の銅塊が発見され朝廷に献上されたことを祝い、年号が和銅に改元されたと記されています。
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| ご利益 | |
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