しんぷくじ|曹洞宗|大棚山
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所在地 : 埼玉県秩父市山田3095
山 号 : 大棚山
宗 派 : 曹洞宗
御本尊 : 聖観世音菩薩
創 建 : 1860年(万延元年)
由 緒
『観音霊験記』によると、大棚禅師が一人の老婆の供養のために建立したものである。老婆は岩屋に籠って参禅している禅師の前にひざまずき、過去の罪業を懺悔し朝夕香華を供え仏道に帰依したが、ある日、一本の竹の杖を残して忽然と姿を消していた。これを哀れんだ禅師が供養のために堂を建てたのが始まりである。
長享年間(1487年~1489年)の水害で秩父33ヶ所から外されたが、信者からの復活要望で室町時代後期に34ヶ所目の札所となった。また、これにより、西国33ヶ所、坂東33ヶ所に秩父34ヶ所を合わせて日本百観音となっている。当初は現在「古堂」と呼ぱれるところに奉祀されており、その後、江戸時代の初期に高篠山の中腹の現在地に移って諸堂のある大伽藍を構えていたが1860年(万延元年)の火災により焼失した。現在の観音堂は1908年(明治41年)に再建されたもので、入母屋造銅葺屋根、三間四面の構造である。(Wikipediaより)
#秩父三十四観音巡礼 第二番札所
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埼玉県 秩父市 山田 に境内を構える、大棚山 真福寺(しんぷくじ)2024 に日本百観音 秩父札所三十四巡礼にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を参拝してますが、秩父地方の方々の人柄の良さ 優しさ、食べ物 四季折々の景観 が素晴らしい地方でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 大棚山、寺号は 真福寺、宗旨 宗派は 曹洞宗、ご本尊は 聖観世音菩薩、秩父札所三十四観音霊場 第二番札所、札所ご本尊は 聖観世音菩薩 日本百観音の一つ。秩父市の史跡に指定されている、『観音霊験記』によると、大棚禅師が一人の老婆の供養のために建立したものである。老婆は岩屋に籠って参禅している禅師の前にひざまずき、過去の罪業を懺悔し朝夕香華を供え仏道に帰依したが、ある日、一本の竹の杖を残して忽然と姿を消していた。これを哀れんだ禅師が供養のために堂を建てたのが始まりである、長享年間(1487年~1489年)の水害で秩父33ヶ所から外されたが、信者からの復活要望で室町時代後期に34ヶ所目の札所となった。また、これにより、西国三十三所観音霊場 坂東三十三ヶ所観音霊場 秩父札所三十四観音霊場 を合わせて日本百観音となっている、当初は現在「古堂」と呼ぱれるところに奉祀されており、その後、江戸時代の初期に高篠山の中腹の現在地に移って諸堂のある大伽藍を構えていたが1860年(万延元年)の火災により焼失した、現在の観音堂は1908年(明治41年)に再建されたもので、入母屋造銅葺屋根、三間四面の構造である、なお、1860年(万延元年)の火事で大伽藍を焼失したため現在は高台に観音堂が建つだけの無住の寺で、納経や御朱印などは麓の光明寺で行っている
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『観音霊験記』によると、大棚禅師が一人の老婆の供養のために建立したものである。老婆は岩屋に籠って参禅している禅師の前にひざまずき、過去の罪業を懺悔し朝夕香華を供え仏道に帰依したが、ある日、一本の竹の杖を残して忽然と姿を消していた。これを哀れんだ禅師が供養のために堂を建てたのが始まりである。
長享年間(1487年~1489年)の水害で秩父三十三箇所から外されたが、信者からの復活要望で室町時代後期に34ヶ所目の札所となった。また、これにより西国三十三箇所、坂東三十三箇所に秩父三十四箇所を合わせて百観音霊場となっている。
当初は現在「古堂」と呼ぱれるところに奉祀されており、その後、江戸時代の初期に高篠山の中腹の現在地に移って諸堂のある大伽藍を構えていたが1860年(万延元年)の火災により焼失した。現在の観音堂は1908年(明治41年)に再建されたもので、入母屋造銅葺屋根、三間四面の構造である。
真福寺の情報
| 住所 | 埼玉県秩父市山田3095 |
|---|---|
| 行き方 |
真福寺の基本情報
| 名称 | 真福寺 |
|---|---|
| 読み方 | しんぷくじ |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 0494-22-1832 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
巡礼の詳細情報
詳細情報
| ご本尊 | 聖観世音菩薩 |
|---|---|
| 山号 | 大棚山 |
| 宗旨・宗派 | 曹洞宗 |
| ご由緒 | 『観音霊験記』によると、大棚禅師が一人の老婆の供養のために建立したものである。老婆は岩屋に籠って参禅している禅師の前にひざまずき、過去の罪業を懺悔し朝夕香華を供え仏道に帰依したが、ある日、一本の竹の杖を残して忽然と姿を消していた。これを哀れんだ禅師が供養のために堂を建てたのが始まりである。
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