かんのんいん|曹洞宗|鷲窟山
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3年前から秩父札所を廻るようになったが、締めくくりはここだ。
小さい時から来ている、高校時代の行事でも登った山だ。他は行ったことがない。恥・・・
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では畠山重忠がこの観音院と縁が深いことが出て来た。
創建年代は不明である。口伝によれば、本尊の聖観世音菩薩は行基作といわれていたが、平将門の承平天慶の乱のときに行方不明となってしまった。その後、畠山重忠が当地を訪れ、鷲の巣の中から観音像を発見した。この奇瑞を目の当たりにして、重忠をはじめとする畠山氏 (平姓)は帰依し、この観音像を安置する堂宇を建てたという。
その後、江戸時代までは修験道の寺となっていた。本堂の近くに「聖浄の滝」と呼ばれる滝があり、修験道の修行者が水垢離を行っていた。
明治初期の神仏分離と修験禁止令により、現在は曹洞宗の寺となっている。
鷲窟山の名が示す通りのお堂である。昔は、ここで修行をしていたのだろう。
とにかく、この岩山のお堂といい、石仏といい、圧倒される。
岩というか、山全体が弘法大師様信仰の場であるのに、曹洞宗となっているのは何故?と思っていたのだが、明治時代の神仏分離令、修験道禁止などのそんな時代を経ての宗派替えであるのか。
こんな説もある。
秩父札所に曹洞宗の寺院が多いのは、中世後期に曹洞宗が地方展開を進めるにあたり、山岳信仰の拠点だった秩父の寺院を取り込んでいったためです。その背景には、以下の経緯があったと考えられています。
山岳修験との関係: 秩父の山間部は古くから山岳信仰が盛んな地域で、多くの修験場がありました。曹洞宗は、こうした修験の拠点となっていた寺院と関係を深め、布教を進めていきました。
中世における地方への進出: 鎌倉時代から室町時代にかけて、新仏教であった禅宗(曹洞宗・臨済宗)は地方での教勢拡大を目指していました。秩父の札所寺院は、そうした曹洞宗が地方へ広がるための拠点となり、多くの寺院が曹洞宗へと転宗したり、曹洞宗の末寺となっていったと推測されます。
こちらは、入口までは車、自転車で行けるが、石段296段は登るのみ!!
多くの神社やお寺で「キツイなあ。この石段」と思っていたら、車が裏道から庭まで、なんてものあった。そういうのは一切なし!
それにしても、この石段。10代の頃は呼吸も苦しくもならず、友達とおしゃべりしながら歩いたり走ったりしたのに、何故に一気に登れない還暦すぎの自分が情けないぞおお。
と、今回で秩父札所34ヶ所全制覇しました。満願です。
本当は、34番を最後にして、お寺近くの満願の湯でゆっくりと温泉に浸かるが正解らしい。
感謝、感謝。
秋海棠 同行二人 満願よ
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埼玉県 秩父郡 小鹿野町 荒川上田野 に境内を構える、鷲窟山 観音院、2024 に日本百観音 秩父札所三十四巡礼にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を参拝してますが、ここ秩父地方の方々の人柄の良さ 優しさ、歴史的建造物 食べ物 四季折々の景観 が素晴らしい地方でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 鷲窟山、院号 寺号は 観音院、宗旨 宗派は 曹洞宗、ご本尊 聖観世音菩薩 (伝 行基の作 その後、焼失してしまい、現在の御本尊は、江戸末期の作)、秩父札所三十四観音霊場 第三十一番札所、札所ご本尊は 聖観世音菩薩 日本百観音 の一つ、創建年代は不明である。口伝によれば、本尊の聖観世音菩薩は行基作といわれていたが、平将門の承平天慶の乱のときに行方不明となってしまった。その後、畠山重忠が当地を訪れ、重忠は、家臣・本多次郎親常に命じて、遠くの鷲の巣に矢を射らせましたが、命中しているにもかかわらず矢が跳ね返ってきてしまったそうです。
不思議に思った重忠が、鷲の巣をおろしてみると、巣鷲の巣の中から行方不明の観音像を発見しました。この奇瑞を目の当たりにして、重忠をはじめとする畠山氏 (平姓)は帰依し、この観音像を安置する堂宇を建てたという、
その後、江戸時代までは修験道の寺となっていた。本堂の近くに「聖浄の滝」と呼ばれる滝があり、修験道の修行者が水垢離を行っていた、
明治初期の神仏分離と修験禁止令により、現在は曹洞宗の寺となっている



令和4年5月 / 秩父1泊2日旅・2日目。
【札所三十番 / 法雲寺】から【札所三十一番 / 観音院】へ向かう途中にある【両神温泉 国民宿舎 両神荘】で1泊。
いくつかの社寺寄り道後の【観音院】です。
トンネルを抜けると、西国・坂東・秩父の札所名が書かれたプレートがガードレールに付けられています。
西国・坂東は一日に巡れるお寺の数が少ないので、結構、鮮明に記憶しているなーと。
気分的には、もう結願かなと錯覚しそうです。
残念なのはいくつか破損をして無くなっている事。
欠けているお寺はどこだっけ?と頭をフル稼働。
そうこうしている内に山門(仁王門)に到着。
高さ3メートル8センチ。
日本で1番大きい石造りの仁王様とご対面。
重さは約2,400Kgだそうです。
ここから296段の石段を登ります。
(般若心経の276字と普回向の20字の合計で296段になっているそうです。)
本堂周辺はそれ程の広さはありませんが、『西奥の院】【東奥の院】も含めると結構な敷地面積です。
現在【西奥の院】は岩の崩落、落石のおそれがあるとの事で、
立ち入り禁止になっています。
今後も行く事は出来ないだろうなと残念に思います。
と言うのも【東奥の院】に行ったからです。
『楽しー❤️』
結構、ボリュームがあるので別にUPさせて頂きます。
余談ですが境内にある看板を見ると【滝の上石仏群】と書かれています。
納経所の方に「ここは行けますか?」とお聞きした所、よく分からない様でした。
今でも行けたのでは?と思っています。
次は【観音院東奥の院】へ向かいます。
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当初目標に掲げてた、あの花10th anniversaryに合わせた8月中の結願もとっくに過ぎてしまいましたが・・・w
さすがに三十四ヶ所巡礼もいいかげん結願成就させようと思い秩父再訪しました(^^;
有給との組み合わせで9/18~23までのシルバーウィークが取れたのですが、たぶんどこ行っても密になるであろう最初の三連休は自宅待機。
あと秩父三十四ヶ所は祈祷寺か観光寺中心で、檀家寺はほとんどないとは思いますが、一応お彼岸も避けて21の昼頃にマッタリ到着。
着いてみたところ・・・ウッ!? 数ヶ月ぶりのブランクで体が鈍ってるのにいきなり山寺か(>д<)
せっかく出かける直前にシャワー浴びてきたのに一ヶ所目から汗だくだよ(;´Д⊂)
しかし苦労して登った先には、雄大な崖の前に立つお堂や磨崖仏、本当に滝見観音座ってそうな滝が・・・( ゚д゚)ウツクシイ
やっぱ巡礼はいいね。 しばらく忘れてたよこの感覚☆

秩父札所三十四観音巡りの問題は30過ぎてから。
ここからが札所間が長くきつくなります。
秩父三十四箇所 第三十一番札所の観音院で御朱印を頂きました。
仁王門には日本一の大きな石造の仁王像が安置されています。
ここから約300段の階段を上ります。
観音院の観音堂です。
曹洞宗のお寺でご本尊は聖観世音菩薩です。
元は修験道でした。
聖観音は将門の乱で消失してしまいますが
鎌倉時代に畠山重忠が狩りに来た際に遠くの鷲の巣に矢を射るも跳ね返ってくるので
不思議に思った重忠が鷲の巣を下すと観音像が現れたそうでここに観音堂を建立したことが
この寺の発祥です。
聖浄の滝があり岩の上から水がおちてきます。
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