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牛嶋天満宮のお参りの記録一覧
公式佐賀県 佐賀駅

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四季
四季
2023年02月17日(金)561投稿

牛嶋天満宮 2月御朱印

【遙拝】

如月 見開き
如月 立春大吉
神札 くす葉守

牛嶋天満宮御朱印の鳥は「一対のカササギ(鵲)」で、カササギは佐賀県の「県鳥」に指定されている「吉鳥」であります。
 カササギは佐賀県のみならず中国では「喜鵲(きじゃく)」と書き、その名の通り「喜びと吉兆をもたらす幸運の鳥」として、韓国でも「縁を結ぶ吉鳥」として「国鳥」に指定されており、当社では参詣なさる方々に「吉」をもたらす様にと用いております。

 又、「立春大吉」は縦書きにすると、左右対象になっていて裏からでも「立春大吉」と読めます。
 言い伝えでは、玄関に「立春大吉」のお札を貼った家に鬼が入りましたが、後ろを振り返ると「立春大吉」のお札が目に入り、鬼はこの家にはまだ入っていなかったと思い込み逆戻りをして出て行ったという厄除けのおまじないです。

御神木の葉を押し花にしてご祈願した神札(立春大吉・健康祈願)を授与いたしますので、神棚か、ご自分の目に付く、明るい場所で、目の高さより少し高いところにお祀り(貼る)していただければ、厄除消除の御神徳が益々高まることでしょう。

~牛嶋天満宮宮司さま💌より~

いつもお忙しい中お優しく接して頂き、
如月に素晴らしい御朱印を直書き下さいました。ありがとうございました。💖

~・~・~・~・~

牛嶋天満宮

主祭神  菅原道真公
創建   仁平元年(1151年)
本殿様式 三間社流造
主神事  太鼓浮立(断絶)

菅原道真公から16代目となる牛嶋(菅原)教正が山浦郷古野城巨勢庄牛嶋村領主であった仁平元年(1151年)に社を創建。
さらに教正から9代あとの家泰が永年五年(1508年)に再興し国司造営社となったとされます。
「肥前古跡縁記」に、「蓮池町 牛の島に宮在りしを 鍋島勝茂公 佐嘉城を築かれるに当り、鬼門に移し祭るべし」とあり、元は佐賀市蓮池町牛嶋にあったものを、慶長年間の佐賀城下建設に際し佐賀城の鬼門となる北東を守護するため佐賀藩初代藩主の鍋島勝茂公が現在の位置に移転されました。
境内の入り口にある鳥居の銘には「藤原朝臣勝茂」と残っておりこれを裏付けています。

鳥居を潜り石橋を渡ると楼門があり、その奥に西を正面として拝殿、本殿が建ちます。
楼門は一問一戸四脚門、屋根は切妻造本瓦葺で、19世紀中頃の建築と推定されている。本殿は三間社流造銅板葺、朱塗りの社殿で、17世紀後期の特徴を備えます。
拝殿は、入母屋造銅板葺、正面に軒唐破風を付し、様式から19世紀前半の建築。 三方を水路に囲まれた境内には佐賀市の天然記念物に指定されている「牛島神社の樟」(樹齢1000年超と推定)や佐賀市の保存樹に指定されている「牛嶋天満宮の樟クスノキ」(推定樹齢600年)など古い樹木や、肥前鳥居、肥前狛犬など江戸時代から明治はじめの石造物も多く、これらと水路が一体となった姿は佐賀市を代表する重要な歴史景観であるとして佐賀市の「都市景観重要建築物等」に指定されています。

かつては太鼓浮立が奉納されていましたが伝統は途絶え、大太鼓が残るのみとなっていました。
そこで神社のある循誘小校区の有志が中心となり太鼓浮立の復活と地域活性化と目的に葉隠太鼓保存会が結成されています。
2006年4月に天満宮内に練習場が作られ活動の拠点となっているそうです。
2016年の熊本地震では石灯籠3基が倒壊する被害が出ました。

樹齢1000年(推定)の大樟は佐賀市の天然記念物に指定。

堀と太鼓橋・楼門

肥前鳥居

佐賀市東佐賀町15-30

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四季
四季
2022年05月25日(水)561投稿

牛嶋天満宮
水蓮 花菖蒲 藤 皐月の癒し

~ 心だに 誠の道に かなひなれば

   祈らずとても 神や守らむ ~

【ホトカミ遙拝】にて
素敵な御朱印の数々を拝受できました。

仲良くして下さるホトカミ
ご関係の皆様に素敵なご縁を頂き、
また五月には特別な思いがあり、
遙拝での拝受にも快くご対応下さいました、
牛嶋天満宮宮司さまのお心遣いに涙が出ました。
ありがとうございます。
必ずお礼のお参りができますようにと
願っています。

佐賀の方は優しいっちゃね。
素敵な御朱印をありがとうございました。

~・~・~・~・~

牛嶋天満宮

主祭神  菅原道真公
創建   仁平元年(1151年)
本殿様式 三間社流造
主神事  太鼓浮立(断絶)

菅原道真公から16代目となる牛嶋(菅原)教正が山浦郷古野城巨勢庄牛嶋村領主であった仁平元年(1151年)に社を創建。
さらに教正から9代あとの家泰が永年五年(1508年)に再興し国司造営社となったとされます。
「肥前古跡縁記」に、「蓮池町 牛の島に宮在りしを 鍋島勝茂公 佐嘉城を築かれるに当り、鬼門に移し祭るべし」とあり、元は佐賀市蓮池町牛嶋にあったものを、慶長年間の佐賀城下建設に際し佐賀城の鬼門となる北東を守護するため佐賀藩初代藩主の鍋島勝茂公が現在の位置に移転されました。
境内の入り口にある鳥居の銘には「藤原朝臣勝茂」と残っておりこれを裏付けています。

鳥居を潜り石橋を渡ると楼門があり、その奥に西を正面として拝殿、本殿が建ちます。
楼門は一問一戸四脚門、屋根は切妻造本瓦葺で、19世紀中頃の建築と推定されている。本殿は三間社流造銅板葺、朱塗りの社殿で、17世紀後期の特徴を備えます。
拝殿は、入母屋造銅板葺、正面に軒唐破風を付し、様式から19世紀前半の建築。 三方を水路に囲まれた境内には佐賀市の天然記念物に指定されている「牛島神社の樟」(樹齢1000年超と推定)や佐賀市の保存樹に指定されている「牛嶋天満宮の樟クスノキ」(推定樹齢600年)など古い樹木や、肥前鳥居、肥前狛犬など江戸時代から明治はじめの石造物も多く、これらと水路が一体となった姿は佐賀市を代表する重要な歴史景観であるとして佐賀市の「都市景観重要建築物等」に指定されています。

かつては太鼓浮立が奉納されていましたが伝統は途絶え、大太鼓が残るのみとなっていました。
そこで神社のある循誘小校区の有志が中心となり太鼓浮立の復活と地域活性化と目的に葉隠太鼓保存会が結成されています。
2006年4月に天満宮内に練習場が作られ活動の拠点となっているそうです。
2016年の熊本地震では石灯籠3基が倒壊する被害が出ました。

樹齢1000年(推定)の大樟は佐賀市の天然記念物に指定。

堀と太鼓橋・楼門

肥前鳥居

佐賀市東佐賀町15-30

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