すみよしじんじゃ
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2回目の参拝。
以前は春だったので桜が綺麗だったが、今回は気温が高くて蒸し暑かったです。
御朱印をもらったのが藤森神社の御朱印帳だったんですが、神社の方が藤森神社の小ネタを教えてくれて、ほっこりしました。
連休ラストの日、買い物がてらどこに行こうかな〜と、空いた時間が僅かなので近場で検索!😊気になっていた河内長野の住吉神社へ。⛩
駐車場を探して境内に入ると、長い直線の参道がありますが、調べて見るとこちらは神事で馬場として使用されるとか。裸馬の手綱を持って境内の馬場を駈け廻る「馬駈神事」が執り行われる神社です。これは、氏子崇敬者約80人が、神社役員、総代の指示にて裸馬の手綱を持って、境内の馬場を駈け廻るという神事で馬には乗らないのが特徴です。裸馬は13頭で、当日は1000人以上もの参拝者が訪れるそうです。神馬を先頭に、氏子がぞれぞれ奉納した馬の手綱をとって約200mの馬場を駆け抜ける勇壮な神事ですが、これは神功皇后摂政52年に神功皇后御征韓祝賀のため裸馬の競走を催したことに始まると伝えられています。これは見てみたい!😍
なお、この神事はかつて毎年10月12日に執り行われていましたが、平成5年からは体育の日に斎行されているそうです。今はコロナ禍でどうなっているかはわかりませんが、今年はありそうですね。😊
住吉神社の創建は神功皇后摂政52年(252年)とされており、御祭神は表筒男命、中筒男命、底筒男命のいわゆる住吉三神と、息長足姫命(神功皇后)、そして武内宿禰となっています。また、本殿前には天神社と戎神社が、境内の南側には髙天原神社や諏訪社が、本殿の周りには様々な神様の名を記した石柱などが祀られていました。こちらの神社は神仏習合の時代を良く表していて、境内には神宮寺があったようで、現在も鳥居のそばに鐘楼が残されていました。宮司さまのお話によると、戦時中の金属回収令で一時はなくなっていたものを、地域の方々によって再び設置されているそうです。
境内には新旧の由緒板がありますが、ネットで調べて見ると、内容は
「第14代仲哀天皇の后である神功皇后は、三韓征伐に際して住吉三神に深く祈願され勝利を収められました。凱旋の後に天下を巡行された神功皇后は、当社の3kmほど北西にある和泉国逆瀬川(現堺市南区逆瀬川)の上の「騰跎船」という地に到着し、そこから河内国に向かうにあたり弓を引き、矢の落ちた場所を目的地とされました。国境には名主の與三五郎という者が出迎え、当社南方の髙天原と呼ばれる地に案内しました。それから50年ほど後の神功皇后摂政52年に、皇后はこの地に斎宮を建立され、自ら神主となって御祭祀を行われました。」
住吉神社の本殿は、文化10年(1813年)に江戸時代後期の特色をよく伝える流造に建替えられたそうです。
歴史ある素晴らしい神社に巡り合え参拝出来た事に感謝です。🥰
扁額は住吉宮です。
手水舎
旧の由緒書き板
本殿
横から一枚
神馬
新しい由緒書き板
諏訪社
名称 | 住吉神社 |
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読み方 | すみよしじんじゃ |
通称 | すみよっさん |
御朱印 | あり |
限定御朱印 | なし |
詳細情報
ご祭神 | 《合》気長足姫命,武内宿禰,国津神,高神,保食神,《主》表筒男命,中筒男命,底筒男命 |
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