かんしんじ|高野山真言宗|檜尾山
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楽しみ方観心寺のお参りの記録一覧
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河内長野の二大寺院の一つ観心寺様にお参りさせて頂きました。
観心寺様は真言宗遺跡本山で御本尊は如意輪観音をお祀りされています。
701年に役行者に開かれた時には「雲心寺」と名乗っていましたが、弘法大師が訪れて如意輪観音を彫ったとされている時に「観心寺」という寺号を贈ったそうです。
また、弘法大師は北斗七星を勧請されていて現在も境内には星塚があります。
北斗七星を祀られているのは国内で観心寺様だけです。観心寺様で購入した一冊目の御朱印帳に北斗七星が描かれているのはそういうことだったんですね(^-^)
観心寺様も南朝との繋がり深く、後村上天皇の行宮になっていた時期があります。境内の奥には大楠公の首塚があり、更に奥の階段を登って行くと後村上天皇の御陵があります。
「非理法権天」
理のない者は理ある者に勝てず、理があっても法に勝てず、法に則っていても権力に勝てず、権力があっても天には勝てない。
儒教の考えを色濃く、リアルに表現している言葉で、井原西鶴著の「本朝町人鑑」で楠正成と結び付けられたとされていますが、今に伝わる大楠公をこれほど端的に表す言葉はないと思っています。
境内の石柱に記されたこの言葉を見て、またもや感慨に耽ってしまいました。

701年役小角により開かれたと伝わる。
815年弘法大師・空海が自ら如意輪観音像を刻んで本尊としたという。
塔中の中院は楠木氏の菩提寺であり、楠木正成が修行している。
1333年後醍醐天皇の命で楠木正成は金堂の造営を行い、正平年間(1346年~1369年)に完成した。
また正成は三重塔の建立を計画したが、1336年湊川の戦いで戦死したため一層目だけが建てられたまま建築が中断され建掛の塔として伝わっている。
尚、討死した正成の首は足利尊氏の命で当寺に届けられ、首塚に祀られている。
正平年間(1346年~1369年)建築の金堂は国宝。
1502年建築の建掛塔、1549年建築の訶梨帝母天堂、1647年建築の書院、1930年建築の恩賜講堂(1928年昭和天皇大礼の際に宮内省により京都御苑内で建てられた大饗宴場の下賜材を再利用して建てられた講堂)は重文指定されている。






関西花の寺🌸第25番😊
楠木正成の銅像がお出迎え🗡️
長い長い石段を登っていくと本堂が‼️
住職さんにお参りの仕方を教わった🙏
①まず息を吐き切って悪いものを全て吐き出す
②それからお腹を膨らませて息を吸い込み 畑を耕してから お願いの種を蒔く
③お願いを絞り込み過ぎてお参りすると 仏様が用意してくれてる答えの方が良い場合があるので 「あとはお任せします‼️」と言う方がいいらしい🙏
なるほどねー🤔
後々 これを実感しました‼️
こちらには日本唯一の星塚霊場が🌟
1200年前に弘法大師が如意輪観音の周りに配置した北斗七星の塚🌟
一巡することで一年の厄除けになるとのことで もちろんコンプリート💫‼️
さらにこちらには有名なお清めの「北斗の塩」があるので それももれなくget👍
ここにも初お目見えの切り絵ご朱印があり 梅があしらわれて とてもかわいい💕
益々 集めたくなる〜😅
大阪府のおすすめ3選🎌
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