だいあんじ|臨済宗東福寺派
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方100年後も神社お寺を残す応援しませんか?
おすすめの投稿

浄土宗の三か寺と道を挟んだ所に立地されている
大安寺様へ向かいました。
大安寺様は臨済宗東福寺派のお寺様です。
御本尊は釈迦如来をお祀りされています。
大安寺様は1394年に後小松天皇の勅願により京都の
東福寺様の有力な高僧であった徳秀士蔭を開山として
創建されました。
堺区の旧環壕内の数ある お寺様の中で天皇の勅願
(発願)で創建されたのは大安寺様だけになります。
疑問に思ったのは なぜ京都ではなく独立の気風が
強い堺で なぜ勅願で?です。
歴史的な背景では大安寺様が創建される僅か2年前の
1392年に室町幕府3代将軍足利義満の仲介によって
南朝が北朝(後小松天皇)に神器を譲る南北朝の統一が
成されています。
その南北朝統一の前年の1391年に西国の有力大名の
山名氏清が幕府に反旗を翻しその本拠地としたのが
堺でした。
義満はこの乱を鎮圧して堺を直轄地化しています。
これに伴い後小松天皇の勅願という形で これからは
朝廷と幕府がこの重要な港町の堺をしっかり治め
守護していくという強い意志を示す為に大安寺様が
建立されたと考えられます。
後小松天皇は大安寺様を開くにあたり京都の禅宗界で
最も信頼の厚かった東福寺様の高僧である徳秀士蔭を
指名しました。東福寺様は足利幕府や朝廷から篤く
庇護されていたお寺様です。その後小松天皇直系の
ネットワークを そのまま堺に移植することで
大安寺様は単なる地方のお寺様ではなく京都の
宮廷文化や最先端の禅宗文化を直接堺へと伝える
パイプ役とすることを意図されたのではないかと
考えられます。
1615年の大坂夏の陣にて焼失されましたが1683年に
大坂夏の陣での焼失を免れて残った堺の豪商であった呂宋助左衛門の屋敷の大半再利用し規模を拡張して
再建されたそうです。
戦前の教科書に掲載された17世紀前半の狩野派による
襖絵や松永久秀が柱に「盈つれば欠ける」という物事は
満ちると必ず衰え始めるという世の無常を儚み刀で切りつけたという伝承がある刀痕が遺されています。
大安寺の情報
| 住所 | 大阪府堺市堺区南旅篭町東4-1-4 |
|---|---|
| 行き方 |
大安寺の基本情報
| 名称 | 大安寺 |
|---|---|
| 読み方 | だいあんじ |
| 電話番号 | 072-238-1054 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
詳細情報
| 宗旨・宗派 | 臨済宗東福寺派 |
|---|
ホトカミのデータについて
ホトカミには、日本最大となる全国15万8千件の神社お寺の情報や、2万件以上の御朱印のオリジナルデータがあります。
ご利用になりたい法人様やメディア関係の方々は、こちらよりお気軽にご相談ください。

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ






























