さなだやま さんこうじんじゃ
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楽しみ方真田山 三光神社のお参りの記録一覧
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皆さんがほとんどお書きになられているので、今更書くことはないのですが(笑)
実はここ、実家の傍にありまして私が幼少のころから悪さ・・・(こほん)遊び場として馴染みのある神社さんでした。
現在の話は今更なので書きませんが、思い出の話ならかけると思うので書こうかなと。
昔は当然、銅像もなければ抜け穴の前に扉なども存在していませんでしたので、かくれんぼにはもってこいの穴です(笑)
ここの裏は旧真田山墓地と言って、ここで一番古いお墓である西南戦争の戦没者も埋葬されています。
そしてそのお墓に隣接している小学校は「真田山小学校」と言って、校章は六文銭と大阪市のマーク「みおつくし」でデザインされています。
ちなみに真田山公園の中にある「真田山幼稚園」の園章も六文銭に「幼」と書かれてあります。
ぜーんぶ、遊び場でした(笑)お墓であろうと神社であろうと関係なく遊べた時代でしたもので。
結婚して里帰りした時には銅像はあるは、穴はふさがれているはでびっくりでした(笑)調査が行われたんですってね。それでここの穴は当時(大坂の陣)の穴だと認定されたのだそうで、まだ真田丸の場所が何処であったか分からない時代でしたから「ここが真田丸だ」とあちこちで名乗りが上がってました。
結局、真田丸は明星学園があった場所だと最近では認定されたようですが。
三光神社は真田丸があった頃ここにあったかどうかは発見された真田丸の地図に描かれていなかったのでよくわかりません。大阪の古地図は江戸期からしか存在していなくて、その頃には小さなお社はあったようですね。
元々中風の神様なので「真田押し」を本格的にし始めたのは最近です。大河によってそれが一気に広がりましたが。
そういえば江戸時代の書物に抜け穴は「きつねの穴」と書かれてありましたよ(笑)
随分頑丈なキツネの穴だなぁって(笑)きっと草生していてそこから穴が見えたので「きつねの穴」と思ったんでしょうね。
ここは桜も綺麗ですので、お墓と込みで桜の時期は近所の人が花見に大勢やってきます。
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