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四天王寺の投稿(2回目)by garu

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garu
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4月22日に毎年行われる聖霊会舞楽大法要に行ってきました。
毎年暑いというイメージなんですが今年は風もあってちょっと爽やか。

聖徳太子の御命日にあたるこの日に、四天王寺雅楽が奉納されるんですよね。
なかなか長丁場。
お昼の12時30分から17時まで行われる奉納です。無形文化財に指定されています。
六時堂前の重文・石舞台に舞台を設置。四方に高くそびえるのは彼岸花を模してあり、その彼岸花に吊るされているのは黄泉の国の使者でもあるつばめです。
奉納される舞楽は明治維新、天皇陛下と共に東京に行った四天王寺雅楽でしたが、後に四天王寺により復活。今に至ります。

そして演目が終わり西方浄土信仰にもなった西門からの夕日を浴びて帰路につきました。
四天王寺の周辺四天王寺の神楽「蘇利古(そりこ)」この舞が舞台で舞われている間に、堂内では宮殿(くうでん)に安置されている聖徳太子の御影の帳(とばり)を上げる「御上帳」(みじょうちょう)の儀式と御水を捧げる「御上水」(みちょうず)の秘儀が行われる。一説には太子のお目覚めを慰めるための供養舞であるとも伝える。聖霊会の儀式進行上、省くことのできない、天王寺独特の舞楽の一つである。四天王寺の神楽「千と千尋」にも出てきたこの布のお面は「雑面」(ぞうめん)と言う。四天王寺の神楽「迦陵頻(かりょうびん)」仏教法会の供養舞として右方の「胡蝶」(こちょう)とともに欠くことのできない舞楽である。この曲は「胡蝶」とともに、童舞(わらべまい)で、背に鳥の羽を着け、天冠(てんがん)に桜の花を挿し、手の銅拍子を打ちながら、円をつくって舞台上を飛びまわる四天王寺の神楽舞っていたのは女の子でした。四天王寺の神楽「胡蝶(こちょう)」左方の「迦陵頻」(かりょうびん)の番舞(つがいまい)として作られた、舞楽中ただ二曲の可憐な美しい童舞である。四天王寺の神楽こちらは男の子の舞です。四天王寺の神楽四方の赤いのは彼岸花四天王寺の神楽「太平楽(たいへいらく)」舞人が太刀を抜くのを合図に、舞台四隅のかがりに火が入れられ、堂内の聖徳太子御影が巻き上げられて還御される。これは、古来からのしきたりとして守られている。したがって太平楽の演奏がなければ、聖霊会の儀式が終了しないことになるのである四天王寺の神楽「蘭陵王(らんりょうおう)」古来この舞いにまつわる伝説として、次のような話が伝えられている。古代中国の南北朝時代、斉の国に蘭陵王長恭という武勇才智に長けた王がいた。ところがこの王は顔形が美しく優しく、戦場で威令が及ばないため、一計を案して、いかめしい龍の仮面をかぶって周の軍と金煽城で戦ったところ大勝を博した。その勇ましい姿を舞曲にしたものであるという。右手に金色の桴(ばち)を持ち、曲の最後に大きく前方を指す手があるが、これは三軍叱責の姿であるといわれている。四天王寺の神楽ずっと見たかった舞です。この方は本当にお上手で、どっしりとした力強い舞が最高でした。四天王寺の神楽四天王寺の神楽彼岸花に吊るされている「つばめ」四天王寺の山門西門四天王寺の絵馬これは絵馬と言っていいのかわかりませんが、聖霊殿の前にあったもの。ちゃんと裏には願い事が書かれてありました。

すてき7

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表具師の家に生まれた所為で、小学校の頃から寺社仏閣に参拝。変貌する寺社仏閣を記憶から呼び起こして投稿できたらと思っています。
只今、20歳越えの愛猫の世話に時間を取られており、何処にも出かけられない状態が続いております。最期まで世話をしたいのでそれまでは投稿を休止中です。

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