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難波八阪神社
~獅子殿・獅子舞台と難波葱~
主祭神 素盞嗚尊
奇稲田姫命
八柱御子命
社格等 旧郷社
創建 仁徳天皇の時代
別名 難波下社
例祭 7月12-14日
難波祇園祭
(夏祭・難波祭)
仁徳天皇の時代、この付近一帯に疫病が流行り出したところ、牛頭天王が現れたのでこれを祀ったのが当社の始まりとされます。
それ以来「難波下宮」と呼ばれており、難波一帯の産土神となりました。
延久年間(1069年 - 1073年)の頃には牛頭天王を祀った神社として有名であり、神宮寺の他十二坊の塔頭が並んでいました。
明治維新後の、神仏分離により寺は廃絶し、1872年(明治5年)に郷社となりました。
1945年(昭和20年)3月13日・14日の第1回大阪大空襲で社殿が焼失しました。
現在の本殿は1974年(昭和49年)5月に完成。
本殿と同じく、1974年5月に完成した獅子殿という素盞嗚尊の荒魂を祀る大きな獅子の頭の形をした舞台があることで有名です。
獅子殿
御祭神 素盞嗚尊荒魂。
1974年(昭和49年)5月建立。
牛頭天王は、釈迦が説法を行った祇園精舎の守護神で、名うての荒者。しかし、牛頭天王も素戔嗚尊も疫病の神様です。もともと疫病を流行らせる悪い神であり、それを祀る(まつる=祭り)ことが疫病祓いになるという民間信仰だそうです。
日本の神・素盞鳴尊と習合した牛頭天王は、八坂神社・津島神社・氷川神社で祀られています。祭りとして祇園祭、天王祭、氷川祭。どの祭りも夏に開催されますが、これは夏場に疫病が流行したからとされます。この信仰が「祇園信仰」で、夏祭りと成りました。
大阪野菜・難波葱
難波村の葱栽培は享保十年(一七二五)に初見され、明治初年には五十町歩あり難波一帯は広大な葱畑であった。難波葱は葉の繊維が柔らかく、強いぬめりと香り 濃厚な甘味が特徴で、九条葱 千住葱などのルーツと伝わっており、
大変古い葱といえる。
平成二十九年(二〇一七)「なにわの伝統野菜」に認証された。
~難波葱の会より引用~
獅子頭のキーホルダーや「恋鯉守り」などの様々な種類のお守りも人気を集めています。
大阪市浪速区元町2丁目9-19
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難波八阪神社は、大阪府大阪市浪速区にある神社。旧社格は郷社。祭神は、素戔嗚尊、奇稲田姫命、八柱御子命。
社殿によると、仁徳天皇の時代、当地に疫病が流行ったところ、牛頭天王が現れ、これを祀ったのが当社の始まり。これ以降「難波下宮」と呼ばれ、難波一帯の産土神となった。平安時代後期の延久年間(1069年~1073年)には牛頭天王を祀った神社として有名となっていて、神宮寺のほか十二坊の塔頭が並んでいたとのこと。
明治時代になり、神仏分離で寺院は廃絶、当社は郷社に列した。1945年の米軍による大阪大空襲で社殿は焼失、1974年に現在の本殿と巨大な獅子殿が完成した。
当社は、大阪メトロなんば駅の上にある難波交差点の南西1kmの市街地にある。幹線道路(国道26号線)から100mほど入った閑静なエリアに、都会の旧郷社としては広めの敷地を構えている。境内には大きめの社殿と、かなり奇抜な獅子殿があって、強烈なインパクトがある。子供も喜ぶかも。
今回は大阪府の人気神社ということで参拝することに。参拝時は平日の午後で、自分以外にも参拝者がぱらぱらいた。
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そういや天一食いたいな...て調べたらJR難波方面にあると書いてあったのでついでに行きました。
獅子殿のインパクトがすごい!って大抵のレビューサイトに書いてあったのは知っていたけれども。
The大阪!って感じがしますね、ミナミの。
仁徳天皇の時代に疫病が蔓延した際、牛頭天王をお祀りした神社。
それ以来難波下宮と呼ばれ、難波一帯の産土神となったそう。
獅子殿は1974年に建設されたとか。
正面の画像しか見たことなかったが、現地へ行って圧倒された。
獅子殿の上部(顔の上歯部分)にびっしりと描かれた格子状の鳳凰が。
これは大変かっこいいですね。
本殿前の狛犬も2体おり、それぞれ色が違うのも珍しい印象でした。
手前の青銅?の狛犬に目が入っており大変良きお顔。
境内には戦艦陸奥の抑気具というものもありました。
大阪府のおすすめ3選🎍
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