かささぎのもりのみや
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今日は天気がよいので、久しぶりに大阪城公園方面に出かけました。
漢字の読み方は「かささぎ」と読みます。森ノ宮の地名の由来の神社です。
交通量の多い幹線道路沿いにあり、お社の規模・雰囲気は目黒の大鳥神社に似ています。
由緒書によると、この地には聖徳太子が「元四天王寺」をお建てになられた場所だそうで、神社自身も14百年の歴史があるとのことです。
陽明天皇、穴穂部間人皇后をお祀りされている日本唯一の神社だそうです。
「かささぎ」は推古天皇の時代に聖徳太子の使者が新羅から帰国したときに、持ち帰ったかささぎをこの地に離したことから、「鵲の森」と言われるようになったとのことです。ゆえこの地一帯は森でした。
太平洋戦争末期の空襲では多くの方が亡くなられた場所ですが、ご本殿は焼けずに健在だった旨、ご神職さまにお話しを伺いました。







「日本書紀」によると、6世紀の中頃、百済の聖明王の使者が欽明天皇に金銅の仏像や経典、仏具を献上。天皇は、"仏教"を受け入れるかどうかを臣下に問います。
仏教推進派は蘇我氏。仏教反対派は物部氏。聖徳太子は、仏教推進派でした。
この戦い、仏教推進派が勝利します。
"和をもって貴しとなす"聖徳太子の有名な言葉です。豪族同士が力づくで戦い、世の中を動かそうとしていた時代。異なる価値観にさぞかし驚いたことでしょう。そして、平和をねがっていたことでしょう。
聖徳太子は、たくさんのお寺を建てますが、神社も一つ建てます。それが、こちらの鵲森宮(かささぎもりのみや)神社さんです。JR大阪環状線森ノ宮駅下車、1分かかりません。(横断歩道渡りますが、青信号ならば🤭)
御祭神:用明天皇 穴穂部間人皇后 聖徳太子
創建:589年(崇峻天皇2年)



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