なみのうえぐう
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方波上宮のお参りの記録一覧
絞り込み




【琉球八社巡り(お礼参り)】
波上宮(なみのうえぐう)は、沖縄県那覇市若狭にある神社。旧社格は官幣小社で、現在は神社本庁の別表神社。沖縄総鎮守で、琉球国新一の宮。主祭神は伊弉冉尊、速玉男尊、事解男尊の熊野三神、相殿神は竈神(火神)、産土大神、少彦名神(薬祖神)。別称は「波上(ナンミン)」、「波上権現」。琉球八社の1社。
昨日に続き参拝2回目。当宮は、琉球八社のうち安里八幡宮と末吉宮を兼務しているため、この2社の御朱印を拝受するために参拝。(兼務社参拝前には、兼務社の御朱印を拝受することはできないルールのため。)この2社の御朱印を拝受して、琉球八社の御朱印はコンプリート。結果的には、結願のお礼参りとなった。
当宮では、この日も昨日同様、家族連れなどの参拝者がけっこう訪れていた。
※琉球八社は、沖縄本島南部に集中しており、一筆書きで参拝すると距離はおよそ70km。金武宮だけが離れているが、車なら沖縄自動車道を経由すると早い。
※琉球八社と合わせて、ユネスコ世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」に登録されている9拠点も同時に廻るのはおすすめ。今帰仁城跡(なきじん・じょうあと)は沖縄本島北部にあるが、その他8拠点は南部にあり、琉球八社と所在地が近い拠点が多い。世界遺産9拠点を一筆書きで訪問すると距離はおよそ140km。(下記に写真にて簡単にご紹介。)
もっと読む
【琉球八社巡り(1/8)】
波上宮(なみのうえぐう)は、沖縄県那覇市若狭にある神社。旧社格は官幣小社で、現在は神社本庁の別表神社。沖縄総鎮守で、琉球国新一の宮。主祭神は伊弉冉尊、速玉男尊、事解男尊の熊野三神、相殿神は竈神(火神)、産土大神、少彦名神(薬祖神)。別称は「波上(ナンミン)」、「波上権現」。琉球八社の1社。
創建は不詳。当地、波の上の崖端(花城:はなぐすく)は、はるか昔より、海神の国(ニライカナイ)の神々に祈りを捧げる聖地の一つとされてきた。1368年薩摩・坊津の一乗院より来琉した頼重法印が当宮の別当寺として護国寺を建て、琉球国王の祈願所とした。1522年倭僧・日秀上人が当宮を再興、1605年に倭僧・袋中上人が『琉球神道記』において当社を「当国第一の神社」と記した。琉球王国において琉球八社(官社)の制が設けられると、当社をその第一位とした。明治時代に入ると、琉球王国は廃され沖縄県が置かれ1890年に近代社格制度のもと官幣小社に列格した。1945年の米軍による沖縄戦で社殿を焼失するも、1952年にハワイで募金を集め、翌年本殿と社務所を復興した。1972年本土復帰を迎え、沖縄復帰奉告祭を催行、皇室より幣帛料を賜った。
当宮は、ゆいレール(沖縄都市モノレール)・旭橋駅の北北西1kmの海際の崖上にある。当宮までの道のりは平たんで、まばらに店舗がある商店街。当宮の西側は自動車学校、東側は旭ケ丘公園、北側は那覇市内唯一のビーチである<波の上ビーチ>がある。当宮入口で北向きに立つと、直進すると当宮、右に進むと元神宮寺の護国寺になる。入口から坂を上がって社殿までは100mほどで、奥半分ぐらいが社殿周り。広さとしては一の宮としては広くはないし、境内社も少なく、すべて見て廻っても時間はさほどかからない。境内の亜熱帯らしい草木や、本場の獅子・シーサーが、本土神社とは全然違う雰囲気を醸し出しているところが新鮮。
今回は、琉球国新一の宮、琉球八社の1社であることから参拝することに。参拝時は休日の午前中で、朝から割と多くの参拝者が訪れていた。
もっと読む
沖縄に上陸後まずは一宮である波上宮を参拝
ご由緒書によると当宮の創始年は不詳であるが、遙か昔の人々は洋々たる海の彼方、海神の国(ニライカナイ)の神々に日々風雨順和にして豊漁と豊穣に恵まれた平穏な生活を祈った。
その霊応の地、祈りの聖地の一つがこの波の上の崖端であり、ここを聖地、拝所として日々の祈りを捧げたのに始まる。波上宮の御鎮座伝説に『往昔、南風原に崎山の里主なる者があって、毎日釣りをしていたが、ある日、彼は海浜で不思議な"ものを言う石"を得た。以後、彼はこの石に祈って豊漁を得ることが出来た。この石は、光を放つ霊石で彼は大層大切にしていた。
このことを知った諸神がこの霊石を奪わんとしたが里主は逃れて波上山《現在の波上宮御鎮座地で花城と(はなぐすく)も呼んだ》に至った時に神託(神のお告げ)があった。即ち、「吾は熊野(くまの)権現也(ごんげんなり)この地に社を建てまつれ、然(しか)らば国家を鎮護すべし」と。そこで里主はこのことを王府に奏上し、王府は社殿を建てて篤く祀った』と云う。
以来、中国・南方・朝鮮・大和などとの交易(琉球王府直轄事業)基地であった那覇港の出船入船は、その都度、波上宮の鎮座する高い崖と神殿を望み、出船は神に航路の平安を祈り、入船は航海無事の感謝を捧げたという。また人々は常に豊漁、豊穣を祈り琉球王府の信仰も深く、王みづから毎年正月には列を整え参拝し、国家の平安と繁栄を祈るなど朝野をあげての崇敬をあつめ、琉球八社(官社)の制が設けられるや当宮をその第一に位(くらい)せしめ、「当国第一の神社」と尊崇された。


最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ






















































