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楽しみ方威徳天満宮のお参りの記録一覧
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一旦蔵王堂に戻り、威徳天満宮様にお祀りさせて頂きました。
威徳天満宮様は959年の創建とされ、如意輪寺を開いた日蔵上人により菅原道真公の分霊を祀ったとされています。
なぜ吉野に天満宮?と思い調べてみました。
日蔵上人が修行中修行を積んでいた時に仮死してしまい、地獄の閻魔王宮らしき場所に行き着つきます。
そこで自らを延喜の帝(醍醐天皇)と名乗る人物に出会います。
その自称延喜の帝は「生前は善政を行ったつもりだが、菅原道真を太宰府に流してしまった罪で死後の苦しみにあっている。生き返ってどうか菅原道真の霊を祀ってほしい。そうすれば、私はこの苦しみから救われるだろう」と語り、上人は蘇生し、その後修行を終えて吉野山へと戻り天満宮を創建したとのことです。
「それはお祀りせなアカンわなぁ」とメチャメチャ納得しました(゜゜;)
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威徳天満宮は奈良県吉野郡吉野町、金峯山寺境内に鎮座しています。 社伝によれば、天徳3年(959年)の創建とされ、如意輪寺の開祖とされる日蔵道賢(にちぞうどうけん)により天慶4年(941年)に菅原道真公の分霊を祀ったとされています。 拝殿横に掲げられた由緒書には面白い逸話が載っていました。 日蔵上人が大峯山中の笹の窟という所で修行を積んでいた時のこと。 ある日上人は修法中に仮死してしまい、地獄の閻魔王宮らしき場所に行き着つきます。 そこで冥土を彷徨う、自らを延喜の帝(醍醐天皇)と名乗る人物に出会います。 上人が話を聞くとその者は「生前は善政を行ったつもりだが、菅原道真を太宰府に流してしまった罪で死後の苦しみにあっている。 生前に私が師と仰いだ上人よ、再び生き返り、どうか菅原道真公の霊を祀ってほしい。 そうすれば、私はこの苦しみから救われるだろう。」と告げられます。 上人は蘇生し、その後修行を終えて吉野山へと戻り、威徳天満宮として祀ったのがこの社殿であるとのこと。 慶長年間(1596年~1615年)には豊臣秀頼によって改修されたと云われています。 日蔵道賢に関しては別の説では、雷神鬼王などの異形の配下を伴って現れた菅原道真の霊と遭遇し話をしたとも。 …色々伝説の残るお坊さんです。 金峯山寺蔵王堂が壮大すぎて、その傍らに建っている社は割と見過ごされがちですが、ほど良く古社で興味深い由緒の伝わる神社でした。 尚、御朱印はこの後にお詣りした吉水神社で戴きました。
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