にうかわかみじんじゃ(なかしゃ)
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楽しみ方丹生川上神社(中社)のお参りの記録一覧
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ゆっくん
2022年11月27日(日)2558投稿

塚っちゃん
2024年01月08日(月)307投稿

nobi
2021年04月29日(木)106投稿

ちんじゃおろーすー
2020年03月08日(日)193投稿
《二十二社詣りその20》
東吉野村にある丹生川上神社です。
お話を伺った神職様によると、鎮座地は神武天皇が東征の際に戦勝を占った地とされ、天武天皇の675年に罔象女神(みづはのめのかみ)を摂社:丹生神社の地に奉斎し、後に現在地に遷座したそうです。
(罔象女神は伊邪那美神より生まれた水の神です)
天皇の御幸の際は蟻の列のように人が連なることから当社周辺の地を「蟻通」と呼び、いつしか当社は「蟻通神社」と呼ばれるようになったとか。
ところが、平安京への遷都からしだいに朝廷との疎遠化が進み、長い年月の間に丹生川上神社の所在地が不明となってしまいます。
江戸時代に下社が丹生川上神社と比定され二十二社の一社として遇されていましたが、明治に入り下社は過去の記録との整合性に欠けるとの指摘により、上社と合わせて二社で丹生川上神社とされました。
しかし、後に郷土史の研究等により当社が二十二社の一つ丹生川上神社であることが突き止められ、大正11年の内務省告示をもって上社・下社は中社に包括されることとなりました。こうして丹生川上神社は三社となり、当社から神職の方々が上社・下社まで出向き奉仕した時期があったそうです。
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