みなみほっけじ(つぼさかでら)|真言宗|壺阪山
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楽しみ方南法華寺(壷阪寺)のお参りの記録一覧
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宝蔵寺を後に地下鉄→近鉄乗り継いで奈良へ初上陸。西国第6番壷阪寺へ。予想はしてましたが壺阪山のバス停から満車で急遽臨時バスを出すとのこと・・・すごい人気やなぁと思っていたのも束の間。参道の上り坂を進んでいくとバスのアナウンスが・・・「ここから渋滞に入ります。40分見込まれますので歩いて行かれる方は降りていただいて構いません」とのこと😱Google先生開いて調べると徒歩13分と出たので迷わず下車。大渋滞の車列横目にてくてく歩いて向かいました。はあ上醍醐の山道に比べればアスファルト舗装の坂道なんてどうってことはないし😅駐車場まで着くとそこで空き待ちの渋滞が・・・そりゃ40分でも動くかわからんわ😥ということで参道入り口で拝観料お支払いして入場。もう参道桜だらけ(ほぼ染井吉野なのは気になりますが・・・)外国人もわんさかでした😭見どころ満載なうえ写真も撮り放題みたいで気づいたら170枚・・・選ぶの大変だわ🤣まあせっかくなので桜中心にアップを。皆のお目当て「桜大仏」はさらに20分ほど待ちでずっと列が途切れていませんでした。桜は申し分なくいやむしろ想像以上に良き風景でした😍山吹もところどころで咲きだしており桜とのコントラストがまた素晴らしい。また紫陽花か秋ごろに来てみたいが渋滞がなぁ・・・😥
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奈良県高市郡高取町にあるお寺です。西国三十三所巡りでお参りしました。
境内は見どころ満載で 全部紹介できません。
一大イベント 御本尊のお身ぬぐいだけ紹介します。
拝観受付で 御本尊のお身ぬぐいができると聞きましたので お願いしました。
本堂に入ってチケットをお渡しすると 説明していただけます。
御本尊のすぐ手前で お身ぬぐいの布と像香炉があり そこで準備をします。
香炉の煙に手をかざして心身を清めます。
袋に入った浄布を使って観音様のお膝をお身ぬぐいします。
布は袋に入れて持ち帰り 観音様とご縁を結んだお守りとします。
この日はとても暑かったため 参拝者がそれほど多くなかったため 並ばずにできました。
いやぁ貴重な体験をさせていただけました。
この日は半日だけのお参りだったので これで終了です。
ドライブは往復で3時間でした。
南法華寺の山号は壺阪山 宗旨は真言宗 宗派は単立 ご本尊は十一面千手観世音菩薩です。
由緒については
草創については不明な点が多いが 伝承によれば大宝3年(703年)に元興寺の弁基上人により開かれたとされる。
後に元正天皇の祈願寺となった。
平安時代 京都の清水寺が北法華寺と呼ばれるのに対し当寺は南法華寺と呼ばれ 長谷寺とともに古くから観音霊場として栄えた。
承和14年(847年)には長谷寺とともに定額寺に列せられている。
貴族達の参拝も盛んであり 清少納言の『枕草子』には「寺は壺坂、笠置、法輪・・・」と霊験の寺の筆頭に挙げられている。
また 寛弘4年(1007年)左大臣藤原道長が吉野参詣の途次に当寺に宿泊している。
往時は36堂60余坊もの堂舎があったが 嘉保3年(1096年)に火災にあい伽藍のほとんどが灰燼に帰した。
その後 子島寺の真興上人が当寺の復興にあたり これにより当寺は真言宗子島法流(壷坂法流)の一大道場となった。
とありました。

【壺阪山(つぼさかやま)南法華寺(みなみほっけじ)】
本尊:十一面千手観世音菩薩
宗派:真言宗系単立
開基:弁基(べんき)
南法華寺は通称 壺阪寺で知られる。703(大宝3)年に元興寺の弁基上人により開かれたとされ、後に第44代 元正(げんしょう)天皇(在位:715-724)の祈願寺となった。京都の清水寺が北法華寺と呼ばれるのに対し当寺は南法華寺と呼ばれ、長谷寺とともに古くから観音霊場として栄えた。
本尊の十一面千手観世音菩薩は眼病封じの観音様として親しまれ、お里・沢市の夫婦愛をうたった人形浄瑠璃「壺坂霊験記」の舞台として有名。
西国三十三所観音霊場(第6番札所)で参拝。訪れた時は、散りはじめていましたが、それでも優しいお顔の桜大仏を拝見することができました。
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