こうふくじ ごじゅうのとう|法相宗
興福寺 五重塔のお参りの記録一覧
②五重塔
730年に藤原氏が建立した五重塔。火災と再建を繰り返し、現在の塔は1426年に造られたもの。この7月から修復のため、しばらく見られません。2031年3月に完成の予定だそうです。
奈良のシンボルが見られないのは寂しいけど、また何百年、いや千年単位で残していくための修復工事、どうか無事に終わりますように…
さるさわの 池のほとりのてらにわに るりの光りはあまねかりけり
東金堂は閉鎖されていましたが、前回拝観したのでいただきました
国宝館は、千手観音さまを中心に、天平仏の八部衆、十大弟子はじめ、天燈鬼・龍燈鬼、金剛力士立像、山田寺仏頭…
まるでキラ星のよう✨
思えば高校の時、阿修羅像に出会い、仏像にハマりました😌
五部浄像は上半身のみのお姿ですが、火事の時、僧侶の方たちが炎の中から仏像を運び出したそう。
八部衆などの乾漆造は比較的軽いので、幾度の火災から運び出すことができたそうです。
五重塔と東金堂
中金堂と五重塔
猿沢池に映る景色が好きです
こちらも国宝の三重塔
特別公開してました。
西方 阿弥陀如来像
北方 弥勒如来像
東方 薬師如来像
南方 釈迦如来像
看板の文面で気になるのが(四方の三尊像)。どれか仲間外れなのか?と、思いきやそれぞれの如来様に両脇の菩薩様を合わせて三尊だった。
2022年9月17日~10月16日の間、興福寺にて五重塔初層の特別公開がありました。
三重塔は毎年弁才天供の7月7日に公開されますが、五重塔の公開は不定期です。
この度公開となった初層には、須弥壇の東に薬師三尊像、南に釈迦三尊像、西に阿弥陀三尊像、北に弥勒三尊像がお祀りされています。
五重塔が建てられた当初は像ではなく浄土変相図(浄土曼荼羅)が安置されていたそうです。
帰りには餅飯殿町にある有名店ほうせき箱さんで、かき氷を食べてきました。
五重塔特別公開記念朱印
ほうせき箱さん
伺ったのが9月を過ぎていたので、予約なしで案内して頂けました😊
大人の抹茶DX🤤
寒々しい季節にかき氷をアップしてすみません💦
ラズベリーミルクカスタード氷🤤
五重塔特別公開に行ってきました。
初層のみですが、東西南北四方の三尊像を拝見する事ができる貴重な機会でした。
北側須弥壇の下が開かれ、心柱の基礎部分が見える様になっていました。
興福寺の五重塔は、東寺の五重塔に続く2番目の高さを誇ります。高さ50メートルの塔を支える心柱は、3本の木を繋ぎ合わせてあるそうです。
特別公開が終わると、約10年に及ぶ大修理に入ります。その間は覆いが掛けられ姿を見る事はできません。
私が参拝した日、既に足場が組まれ始めていました。
参拝者限定の切り絵特別御朱印を頂きました。
JR東海ツアーズとのコラボお守り(ドクターイエローver.)阿修羅様と迦楼羅様が可愛いです。根付も頂けました。
既に足場が組まれています
初層のみの公開です
参拝者限定の切り絵特別御朱印
頂いたお守りと根付
表・阿修羅様と神鹿
裏・ドクターイエローの車窓から迦楼羅様
関西小旅行3日目最終日。
今回の興福寺参拝は9/17〜10/16までの1ヶ月間開催されている五重塔 国宝特別公開が主目的。
いつもは御朱印が拝受できる勧進所にて券売機で拝観券購入し、いつもは外から眺めるだけの五重塔内へ。
塔内へ入る前、テントがあり特別御朱印拝受。参拝者限定の特別御朱印、見開きサイズ切り絵特別御朱印を拝受。
初層部分しか公開されていませんが、普段見ることできない初層四方三尊像を間近で拝することができます。
公開終了後は、明治33年(1900年)以来、約120年ぶりの大規模修理に入り、素屋根で塔が覆われ、これまでのを外から眺めることはしばらくの間できないということで、貴重な時間を過ごすことができました。
五重塔外観 2022/10/17から大規模修繕に入るため、しばらくこの姿を見ることはできません。
五重塔拝観券
興福寺の五重塔の特別拝観が9月17日~10月16日まで行われると知り、京都滞在中なのも
何かのご縁、予定を変更して、久しぶりに奈良へ。
今回の特別公開終了後は、明治33年(1900年)以来、約120年ぶりの大規模修理に入るため
工事中は、素屋根で塔が覆われ、10年近くその姿を見ることができなくなるそうです。
五重塔切り絵特別御朱印
五重塔特別公開にあわせて、五重塔の特別御朱印、切り絵特別御朱印が参拝者
限定で授与されています。特別公開期間中、拝観券を購入し五重塔柵内に入ると
朱印所があるので、そこで頂くことができます。
五重塔特別御朱印
塔は釈尊の舎利(しゃり・遺骨のこと)を納める墓標であり、当時の仏教寺院においては権威の象徴でした。塔を建てることは仏法の護持であり、大きな功徳とされます。
興福寺の五重塔は、天平2年(730)興福寺の創建者である藤原不比等(ふひと)の娘光明皇后の発願で建立されました。その後5回の焼失・再建を経て、現在の塔は応永33年(1426)頃に再建されました。日本で2番目に高い塔で、古都奈良を象徴する塔です。創建当初の位置に再建され、三手先斗栱(みてさきときょう)と呼ばれる組物を用いるなど奈良時代の特徴を随所に残していますが、中世的で豪快な手法も大胆に取り入れています。創建当初の高さは約45mで、各層には水晶の小塔と無垢浄光陀羅尼経(むくじょうこうだらにきょう)が、また初層には四天柱の各方向、東に薬師浄土変、南に釈迦浄土変、西に阿弥陀浄土変、北に弥勒浄土変が安置されていたと言われ、当時日本で最も高い塔でした。現在もその伝統を受け継ぐ薬師三尊像、釈迦三尊像、阿弥陀三尊像、弥勒三尊像(いずれも室町時代作)が初層のそれぞれ須弥壇四方に安置されます。
興福寺五重塔は、奈良県奈良市の興福寺境内の中央東寄り南側にある堂宇。高さ50.1mで日本の木造五重塔で2番目に高い(1番は東寺五重塔)。
室町時代の1426年再建。6代目。本瓦葺の三間五重塔婆。創建時の五重塔は、730年光明皇后の発願により建立。
<五重塔>全景。晴れの構図。
<五重塔>全景。曇りの構図。
南北に並ぶ<五重塔>と<東金堂>のカップリング。定番構図。
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