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長岳寺の御朱印・御朱印帳
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【長野県 阿智(あち)村】(ちょうがくじ)
「紅葉の休日」です。
出発まで奈良方面の紅葉を楽しもうと予定していました。
ところが、「交通情報」「事前情報」を鑑み、急遽「方向転換」です。
「紅葉の古寺」は特に人気が高いだけに、できるだけ「平日」にしようとあきらめました。
国道153号線を愛知県から長野県に進みます。
途中の山々は視界がすべて「紅葉」です。
信号もほとんどなく壮快な国道です。
中央高速道路の「恵那山トンネル」の東側からは、国道153号線はほぼ並行が続きます。
その高速道路建設のため「移転(昭和46年)」された天台宗の長岳寺です。
「最澄」の創建と云われていますので9世紀の初め頃とかなり古い寺院です。
「武田信玄」の終焉の地であるだけに信玄公ゆかりの品々が展示されています。
また「不動明王像」の平安時代をはじめ鎌倉時代の古仏像も拝むことができます。
俗な感想ですが、これだけの資料を200円で拝観できることは実にありがたいことです。
またこの地域は戦時中、「満蒙開拓」に多くの方が「新天地」を求めて出かけられました。
元住職の山本慈昭さんもその一人でしたが、自身が「シベリア抑留」となってしまったそうです。
そのため、妻と二人の娘さんと生き別れになってしまいました。
帰国後、残念なことに家族の「死亡情報」が届いたそうです。
ところが娘さんは「中国残留孤児」として生き延びられていました。
その後「日中友好手をつなぐ会」をもって「残留孤児調査」に一生を捧げられたそうです。
戦後80年、悲しい歴史は、まだまだ皆様の記憶にもあり身近にも続いています。
今一度「平和」を考えてみる機会をいただきました。

山門前石段

山門

本堂

「成就門」とありました。
⇒「就」の字の点を故意に無くしているそうです。
⇒理由はよくわかりませんでした。

鐘楼堂:「望郷の鐘」
⇒「日中友好手をつなぐ会(残留孤児捜索等活動)」
⇒「北向観音(上田市)」から譲り受けたそうです。

十三重石塔:武田信玄供養塔


本堂内襖:「春」
⇒地元ゆかりの日本画家「吉川優」氏贈(平成24年)

本堂内襖:「夏(南アルプス)」

本堂内襖:「秋(南アルプス)」

本堂内襖:「冬」
⇒「雪の一本道」:実は「極楽浄土」への道を表しているそうです。

武田信玄公終焉の地の長岳寺さんです。
武田信玄公を火葬したお寺になります。



望郷の鐘です。
但し書きに、元は別所北向観音にあったものを有志が譲り受け此方に寄付されて復元されたとあります。
また夕焼小焼けの歌で有名な梵鐘のヒーローになったと記載されています。

またぎ石
男性のまたぎ石と女性のまたぎ石が有り両方またぐと子供が授かると記載されていました。
私は、子供はいるのでまたいできませんでした^^;

此方の扁額ですが、「成就門」と書いてありますが、とても見辛いのですが、よく見ると「就」の点が有りません。

草が生い茂って読みにくいのですが此方に点が無い理由が記載されています。



2種類の御朱印をいただけます。

毎月8日の日にいただける季節限定の御朱印になります。
此方は郵送で後日送っていただけるとご住職がおしゃってくださったのでお願いして送っていただいたものです。
長岳寺の御朱印・御朱印帳コレクション全26枚
御朱印
26枚























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