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長野市松代町に建つ象山神社。
御神祭は言わずと知れた佐久間象山(生1811年-1864年没)
由緒ある武家の生まれ。兵学者.朱子学者.思想家。
6歳の頃から父や鎌原桐山(江戸時代の武士、漢学者)や、活文禅師などから学問武術を習い、齢20才には詩文.経書.武術等免許される秀才だったそう。
23才で佐藤一斎(美濃國岩村藩出身の儒学者)の塾に入門。渡辺華山(江戸後期の武士、画家。三河國田原藩藩士のち家老になった人物)や藤田東湖(江戸末期の水戸藩士、水戸学藤田派の学者)等と親交があるも、3年で帰藩し藩の子弟に経書や漢字を教える。
29才、江戸お玉ヶ池に象山書院を開き、多くの門弟を集める。
藩主真田幸貫(江戸後期 大名.老中。信濃松代藩主。徳川吉宗の曾孫にあたる人物)で、海防掛(江戸幕府の職名の一つ)の時、海防ハ策を幕府に上申。
36才、大砲や電信機等の製作や実演を行う。
41才、江戸木挽町(現.中央区銀座の辺り)に塾を開き、勝海舟.坂本龍馬.吉田松陰.橋本左内などの維新英才を輩出。黒船来航国論沸騰の際は、軍議役として横浜警備に当たる。開国論者であり、横浜開港を主張。同じ年に松陰密航事件に連座して投獄されてしまいます。
44才から9年間松代に蟄居(ちっきょ)されます。この間にこれまた、高杉晋作.久坂玄瑞.山形半蔵.中岡慎太郎.石黒忠のり等が面会に訪れ、時世について激論するが象山の学識に感動して去る。
54才、幕府の命で京へ上がる。
将軍 徳川家茂.一橋慶喜.山階宮.中川宮に公武合体、開国を説いて活躍中、七月十一日 三条木屋町で尊皇攘夷派
前田伊右衛門、河上彦斎(緋村剣心のモデルとなった人物)等に暗殺されてしまいます。護衛無し。
西洋かぶれの危険因子という事らしい。(現在その場所には遭難の碑があるとの事)
その四年後に明治維新の世を迎え、象山の尊皇開国という至情がそのまま、具現された。
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