えだじんじゃ
江田神社宮崎県 宮崎駅
参拝時間 9:00~17:00
神符守札授与所受付時間 9:00~17:00(受付時間は、時期により変更になる場合があります。)
御祈祷受付時間 9:30~11:30 13:30~15:30
(御祈願は事前のご予約をお願いいたしますとの事)
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楽しみ方えだじんじゃ
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日向国宮埼郡の式内社です。記紀神話において黄泉の国から戻ってきた伊弉諾命さまが穢れを落とすために禊祓を行なった地として「筑紫之日向之阿波岐原之小戸」が出てきます。当社の鎮座地がその阿波岐原であるとされており、「御祓発祥の地」とよばれています。
《一の鳥居》
ちなみに江田神社は当社と四日市市にもう1社ありどちらも式内社ですが、四日市市の方は五十功彦命さまを御祭神としています。
《古事記の神系図》
こう見ると瓊瓊杵尊さまが山神様と、彦日々出見尊さまが海の神様と姻戚関係になっており、太陽神(空の神)が海と地の神様と関係をもったことになりますね。
《二の鳥居》
《由緒書き》
文徳天皇さまの御代に従五位下を叙されたあと正一位まで神階が上がったみたいです。
《由緒書き》
水は流れています。洗ひつるここも…(略)
《拝殿》🙏
中で神主さんが雅楽の練習をしており、龍笛の音が聞こえてきました。
《本殿》
《境内》
元々の境内は拝殿後ろに広がっており、一部は公園になっています。
《みそぎ池》
👁チェックポイント‼️
こちらの池が伊弉諾命さまが黄泉の国から戻ってきた際に禊を行った水場であると伝えられています。元々は砂丘に囲まれた入江で、陸地が広がって海から切り離される形で現在のように残ったと伝承されています。
宗像大社の神主さんが沖津宮の奉仕をされるときは海に入って禊をしていることから、伊弉諾命さまも海に入って禊を行ったのかもしれません。
《授与所》
直書きの御朱印と絵馬をいただきました🙏

記紀旅で初めて参拝
先日みそぎ御殿の投稿にみそぎ池も一緒に投稿しましたが江田神社と併せた方が良いので同じ写真載せます🙏
宮崎県屈指のパワースポットに早朝に訪れた為、境内には凛とした空気が漂っていて身が引き締まる適度な緊張感の中参拝させていただけました。
駐車場にボランティアのガイドさんがいて、神話の時代のお話等聴かせてくれくれながら境内の案内をしていただけます。
江田神社は、太古の創建で、創立年代は不詳ですが、伊邪那岐尊が禊祓霊跡伝えられ、その縁起の最も深き社です。
神代の昔、伊邪那岐尊は、その妻の伊邪那美尊がお亡くなりになったのを嘆かれ、その後を慕ってお入になった黄泉国から逃げ戻り「筑築の日向の橘の小戸の阿波岐原」に下られて御身の汚を禊祓、清められます。その際、御降誕あらせられたのが天照皇大神、月讀尊、素佐嗚尊と住吉三神などの神々です。
その禊祓の地は、上瀬は瀬速し、下瀬は瀬弱とされ、中瀬で禊祓されたと伝えられています。その中瀬は、江田神社の500mほど北東にある「みそぎ池」とされています。
後、入江を開墾して江田と称して創建されたと考えられています。平安時代中期に作られた「和名類聚抄」の「宮崎郡条」に見える江田郷に鎮座の記録が残っており、「続日本後紀」の承和4年(837)8月1日条くだりでは、「日向國に児湯郡都濃神(都農神社)妻神(都萬神社)宮崎郡の江田神(江田神社)諸縣郡霧嶋岑神(霧島神社)並びて官社を預る」とあり、官社に列したことが記されています。仁寿元年(851)10月に従四位下げを授けられ、貞観元年(859)には従四位上に進められます。その後、天禄元年(970)までに天変地妖兵革等の年毎に叙位8回に及び、神階は最高位の正一位に昇階します。醍醐天皇の御代、延長5年(927)に編纂された「延喜式神名帳」にて「日向国式内社四座」の一社として登載され、祈年・新嘗の奉幣を受けました。寿永2年(1183)正月に伊邪那美尊を配祀し、産母二柱大明神と称し、里人からは産母様として親しまれ、社領30余町を有していました。日向国を代表する神社として社勢しゃせいを誇りました。
駐車場の片隅には「みそぎの碑」が建てられています。そのそばには宮崎の神話について説明した解説版があります。
社殿まで続く参道は、一の鳥居から二の鳥居まで両側が真っ直ぐに伸びる樹木に覆われて美しい景観を作っています。参道に生い茂るのは常緑樹の照葉樹で太陽の光に葉が照らされ光り輝き、期待感が増します。
神社駐車場からでは一の鳥居と二の鳥居の間から参道に出てくるようになるので、一の鳥居まで戻り、一の鳥居から参拝しました
社殿に向かって参道を歩いていると注連縄が巻かれた大きなクスノキが右手に見えます。江原啓之氏が「とてもパワーがある木」だと言ったことから注目を集め最近になってご神木となりました。
このご神木に触れると大きなパワーが授かると人気で、特に木の下のほうにある大きなコブを撫でると強力なパワーが得られると伝わっています。沢山の参拝者が撫でるため、コブは磨き上げられたようにピカピカに光っていてその人気ぶりがわかります。
以前はこの奥の鳥居を抜けて御池まで行けたようですが今は立ち入り禁止になってるようです。
みそぎ池は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉国で穢れた体の禊を行った場所で「禊発祥に地」とされています。ここで伊邪那岐命が、右目を洗うと天照大神、鼻を洗うと月読尊、左目を洗うと素盞鳴尊が生まれたのです。
池の周囲には御幣が立てられ、神域になっていることが分かります。
「和名抄」宮崎郡条に見える江田郷に鎮座する古社で、承和四年(837)八月朔日に都農神・妻神・霧島岑神とともに官社に列しており、平安期にはすでに創建されていたことがうかがえる。
鎮座地一帯は古来いわゆる日向の橘の小戸の阿波岐原として、伊邪那岐大神の禊祓の聖蹟と伝承されており、命の上つ瀬は瀬速し下つ瀬は瀬弱しといわれ、中つ瀬で禊祓いされた、その中つ瀬は、本社から二町位東の海中である。
寿永年間(1182~1184)伊邪那美尊を配祀し、産母二柱大明神と称し、里人からは産母様として親しまれ、社領三十余町を有していた。仁寿元年(851)十月従四位下を授けられ、貞観元年(859)従四位上に進められ、その後天禄元年までに天変地妖兵革等の年毎に叙位八回に及び、正一位に昇階ありと伝える。醍醐天皇の延喜年間に於いて、延喜式内社日向四座の一社として「延喜式神名帳」に登載され、祈年・新嘗の奉幣を受けた。しかし、寛文年間に神社制度の変革をきたし、ついに一村落の産土神と同様の取扱いを受けるに至った。
明治六年五月二十五日社格は県社に列し、同四十年二月九日神饌幣帛料の供進を指定され今日に至る。












| 住所 | 宮崎県宮崎市阿波岐原町産母127 |
|---|---|
| 行き方 | 【車】 JR日豊本線宮崎駅から約15分
|
| 名称 | 江田神社 |
|---|---|
| 読み方 | えだじんじゃ |
| 通称 | 産母様 |
| 参拝時間 | 参拝時間 9:00~17:00
御祈祷受付時間 9:30~11:30 13:30~15:30
|
| 参拝料 | なし |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 0985-39-3743 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | https://edajinja.com/ |
| おみくじ | あり |
| SNS |
| ご祭神 | 伊邪那岐尊(いざなぎのみこと) 伊邪那美尊(いざなみのみこと) |
|---|---|
| 本殿 | 本殿(流造) 拝殿(入母屋造) |
| ご由緒 | 「和名抄」宮崎郡条に見える江田郷に鎮座する古社で、承和四年(837)八月朔日に都農神・妻神・霧島岑神とともに官社に列しており、平安期にはすでに創建されていたことがうかがえる。
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| ご利益 | 縁結び・恋愛成就厄除け |
| 体験 | 祈祷御朱印お守り祭り伝説 |
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