こうふくじ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方興福寺のお参りの記録(3回目)
投稿日:2026年06月08日(月) 16時29分45秒
宮城県登米市南方町にある大嶽山興福寺(おおだけさんこうふくじ)の
(❊御本尊は(❊十一面観世音菩薩様❊)(❊じゅういちめんかんぜおんぼさつさま❊)です。
❊地元では(❊大嶽の観音さん❊)の名で古くから親しまれています。
❊この御本尊と寺院の由緒には、
❊坂上田村麻呂の伝説や伊達家との深い関わりがあります。
(❊ 御本尊の基本情報御本尊:十一面観世音菩薩様❊)(❊秘仏であり、33年に一度だけ開帳されます❊)
❊札所等:(❊奥州三十三観音霊場 第十番札所:奥州七観音❊)(❊大嶽観音❊)の一つ2. 坂上田村麻呂による開創伝説寺伝によると、平安時代の大同2年(807年)に坂上田村麻呂によって開創されたと伝えられています。
❊一説には、当時この一帯を支配していた豪族(蝦夷の首領とも言われる)大武丸(おおだけまる)を坂上田村麻呂が討伐しました。その亡きがらを葬った塚の上に観音堂を建て、京都清水寺の延鎮(えんちん)が開基したのが始まりとされています。3. 歴史と度重なる焼失中世以降は戦火や火災に何度も見舞われ、古い記録の多くが失われています。
❊戦国時代の兵火によって一時期途絶しました。江戸時代の元和12年(1626年)に永盈(えいえい)が観音堂別当となり、近くの箟峯寺(わくやちょう・かんぽうじ)の末寺として中興しました。宝永5年(1708年)にも観音堂が焼失し、現在の観音堂は明治21年(1888年)に再建された建物です。4. 仙台藩・伊達家との関わり江戸時代の仙台藩統治期には、仙台藩第3代藩主である伊達綱宗の病気平癒の祈祷所に指定されました。
❊現在の観音堂の内陣には、
その縁から伊達家の紋章である(❊竹に雀❊)が施されています。
❊観音堂の外側の板壁には、中国の(❊二十四孝物語❊)を表現した鮮やかな彫刻が刻まれており、
❊建築物(❊観音堂・六角堂❊)は(❊登米市指定有形文化財❊)となっています。
(❊御本尊は(❊十一面観世音菩薩様❊)(❊じゅういちめんかんぜおんぼさつさま❊)です。
❊地元では(❊大嶽の観音さん❊)の名で古くから親しまれています。
❊この御本尊と寺院の由緒には、
❊坂上田村麻呂の伝説や伊達家との深い関わりがあります。
(❊ 御本尊の基本情報御本尊:十一面観世音菩薩様❊)(❊秘仏であり、33年に一度だけ開帳されます❊)
❊札所等:(❊奥州三十三観音霊場 第十番札所:奥州七観音❊)(❊大嶽観音❊)の一つ2. 坂上田村麻呂による開創伝説寺伝によると、平安時代の大同2年(807年)に坂上田村麻呂によって開創されたと伝えられています。
❊一説には、当時この一帯を支配していた豪族(蝦夷の首領とも言われる)大武丸(おおだけまる)を坂上田村麻呂が討伐しました。その亡きがらを葬った塚の上に観音堂を建て、京都清水寺の延鎮(えんちん)が開基したのが始まりとされています。3. 歴史と度重なる焼失中世以降は戦火や火災に何度も見舞われ、古い記録の多くが失われています。
❊戦国時代の兵火によって一時期途絶しました。江戸時代の元和12年(1626年)に永盈(えいえい)が観音堂別当となり、近くの箟峯寺(わくやちょう・かんぽうじ)の末寺として中興しました。宝永5年(1708年)にも観音堂が焼失し、現在の観音堂は明治21年(1888年)に再建された建物です。4. 仙台藩・伊達家との関わり江戸時代の仙台藩統治期には、仙台藩第3代藩主である伊達綱宗の病気平癒の祈祷所に指定されました。
❊現在の観音堂の内陣には、
その縁から伊達家の紋章である(❊竹に雀❊)が施されています。
❊観音堂の外側の板壁には、中国の(❊二十四孝物語❊)を表現した鮮やかな彫刻が刻まれており、
❊建築物(❊観音堂・六角堂❊)は(❊登米市指定有形文化財❊)となっています。

興福寺 寺務所にて(直書き御朱印)頂戴致しました

興福寺(観音堂) 本堂(ご本尊:十一面観世音菩薩様)

興福寺(観音堂) 本堂(ご本尊:十一面観世音菩薩様)

興福寺(観音堂) 右側からの本堂内の様子です

興福寺(観音堂) 左側からの本堂内の様子です

興福寺(観音堂) 右側からの本堂内の様子です

興福寺(観音堂) 左側からの本堂内の様子です

興福寺(観音堂) 本堂正面右側(不動明王像様)の様子です

興福寺(観音堂) 本堂正面右奥側(持国天像様)の様子です

興福寺(観音堂) 本堂正面左側(毘沙門天像様)の様子です

興福寺(観音堂) 本堂正面左奥側(増長天像様)の様子です

興福寺(観音堂) 本堂内(すかし彫彫刻:裏側も違う彫刻)が彫られています

興福寺(観音堂) 本堂内(すかし彫彫刻:裏側も違う彫刻)が彫られています

興福寺(観音堂) 本堂正面の様子です

興福寺(観音堂) 本堂内(天井画)の様子です

興福寺(観音堂) 右側からの本堂内の様子です

興福寺(観音堂) 左側からの本堂内の様子です

興福寺(観音堂) 本堂内(すかし彫彫刻:裏側も違う彫刻)が彫られています

興福寺(観音堂) 本堂内(すかし彫彫刻:裏側も違う彫刻)が彫られています

興福寺(観音堂) 本堂内に飾られているカムイの絵画の様子です

興福寺(観音堂) 本堂内(すかし彫彫刻:裏側も違う彫刻)が彫られています

興福寺(観音堂) 二十四考の彫り物の様子です

興福寺(観音堂) 左側からの本堂前の様子です

興福寺(観音堂) 本堂前正面より右奥側からの( 二十四考の彫り物の様子です

興福寺 仁王門の様子です

興福寺 もう一つの入口にある(興福寺寺号標)の様子です

興福寺 もう一つの入口(大獄山鳥居)の様子です

興福寺(書院) 書院内の様子です

興福寺(書院) 書院内(ステンドグラス)の様子です

興福寺(書院) 書院内の様子です(イベント、宿泊等)が出来る場所だそうです

興福寺 境内の様子です

興福寺 境内にある(鐘楼)の様子です

興福寺 境内にある(手水舎)の様子です

興福寺 参道の様子です

興福寺 境内にある(祈祷所(御守り等)の様子です

興福寺 仁王門(阿形の金剛力士像様)の様子です

興福寺 仁王門(吽形の金剛力士像様)の様子です
すてき
投稿者のプロフィール
チャム958投稿
📸投稿を見て頂き🪽すてきを押して下さる皆様🪽&フォローして下さる皆様に🪽感謝🪽致します🙇 神仏様は、心優しく何方にも接して下さり、 参拝して頂ければ、喜んでくださると思います もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。




