斗瑩稲荷神社の日常(15回目)|宮城県古川駅
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投稿日:2022年08月25日(木)
仙台南宗三大家之一 茂庭竹泉筆「斗瑩稲荷神社全景図」為書。
現在の大崎市古川小野小高付近から書いたといわれています。奥に薬莱山が描かれていますね。
茂庭竹泉(もにわ ちくせん)
別号 太白山人。小西皆雲,山内耕烟とともに明治期における仙台南画三大家と称される。
仙台の茂庭満之助の長男。天保4年11月5日生まれ。名は秀清,字は景夷,通称徳力。
初め画を東東萊(東東洋の子)に学んだのち,京都にて貫名海屋に,長崎において僧鉄翁に師事する。詩を大槻磐溪,大須賀筠軒に学ぶ。大正14年9月17日没。90歳。
・明治14年,天皇の東北巡幸に際し《松島図》一巻を天覧に供し金若干を下賜された。
・明治15年,同17年,農商務省主催の内国絵画共進会に南宗画を出品した。
現在の大崎市古川小野小高付近から書いたといわれています。奥に薬莱山が描かれていますね。
茂庭竹泉(もにわ ちくせん)
別号 太白山人。小西皆雲,山内耕烟とともに明治期における仙台南画三大家と称される。
仙台の茂庭満之助の長男。天保4年11月5日生まれ。名は秀清,字は景夷,通称徳力。
初め画を東東萊(東東洋の子)に学んだのち,京都にて貫名海屋に,長崎において僧鉄翁に師事する。詩を大槻磐溪,大須賀筠軒に学ぶ。大正14年9月17日没。90歳。
・明治14年,天皇の東北巡幸に際し《松島図》一巻を天覧に供し金若干を下賜された。
・明治15年,同17年,農商務省主催の内国絵画共進会に南宗画を出品した。
すてき
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