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去年に続いて、今年も亘理町のはらこ飯マラソンに参加しましたー。
参加賞には、なんと1800円相当のはらこ飯弁当が貰え、その他に記念Tシャツとバターチキンカレーのレトルトパックとスポドリも付いてくるいうコスパの高いレース🏃💨
今回は今までと違って最初から飛ばすことなく一定のペースで10kmを完走😊
おかげさまで自己ベスト更新できました🆙
こちらのお社は、コース沿いに鎮座されてたので、レースの時から気になっていたので走り終わってから参拝🙏
主祭神:大綿津見神・宇迦之御魂神
合祀 :大山祇神・埴山姫神・弥都波能賣神
保食神・誉田別尊・鳴雷神
御鎮座は400年以上前で、亘理藩・伊達藩をはじめとした荒浜の町の方たちの崇敬を集めていたそうで、第四代仙台藩主である伊達綱村公が阿武隈川の河口閉塞の際に当神社で祈願したところ恵みの雨で船の往来が可能になるほどに水嵩が増したとの言い伝えがあるようです。
御朱印は書き置きで、一緒に神社の由緒などが書かれたしおりも頂けました。
いただいた御朱印には朱印が無いという御朱印の根幹を揺るがすデザイン笑
他の方の投稿には朱印があったので、たまたまなのかもしれないですが、それはそれでレアな御朱印です♪
太平洋への河口近くの阿武隈川沿いにが鎮座されているため、H23年の東日本大震災の津波被害に遭われたそうですが、地域の方々や全国からのボランティアの協力で見事に復活されて、今も町の生活を見守ってくれてます。
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鎮座地
宮城県亘理郡亘理町荒浜字明神西189
主祭神
大海津見神、宇迦之御魂神
例祭日
春…4月20日(但しここ30数年来、神輿渡御でのかつぎ手等の問題で4月20日前の日曜日に実施している・秋…10月20日
連絡先
0223-35-2643
由緒
本社は寛永12年3月20日、亘理美濃守重宗の勧請にして、新浜湊神社といった。正保2年米沢城主上杉播麿守、金若干を寄進し、京都吉田家に宗源宣旨を請い大明神の神号を受け川口の二字を附け、川口大明神と奉称したのである。天和3年に至り当地漸く開け人家83戸となる。此の時、地名、新の字を荒と改めた。享保15年11月阿武隈川口閉塞し廻船出入困難となったので藩主伊達綱村公は当社において祈念を籠めたところ、川口は忽ち開け通船常の如くなった。因って自書の扁額及び家紋竹に雀の幕を奉納した。之より藩主、領主並び地元民の尊信愈々厚きを加え明治に及んだのである。(もと別当成就院あり維新の際廃した)。明治5年11月川口神社と改称、村社に列せられ、同40年3月供進神社に指定された。同年高須賀の雷神社をはじめ同42年3月字藤倉の湊神社、字水神の水神社、字八幡の八幡神社の4社を合併奉祀して今日に至る。

川口神社(かわぐちじんじゃ)]
鎮座地
宮城県亘理郡亘理町荒浜字明神西189
主祭神
大海津見神、宇迦之御魂神
例祭日
春…4月20日(但しここ30数年来、神輿渡御でのかつぎ手等の問題で4月20日前の日曜日に実施している・秋…10月20日
連絡先
0223-35-2643
由緒
本社は寛永12年3月20日、亘理美濃守重宗の勧請にして、新浜湊神社といった。正保2年米沢城主上杉播麿守、金若干を寄進し、京都吉田家に宗源宣旨を請い大明神の神号を受け川口の二字を附け、川口大明神と奉称したのである。天和3年に至り当地漸く開け人家83戸となる。此の時、地名、新の字を荒と改めた。享保15年11月阿武隈川口閉塞し廻船出入困難となったので藩主伊達綱村公は当社において祈念を籠めたところ、川口は忽ち開け通船常の如くなった。因って自書の扁額及び家紋竹に雀の幕を奉納した。之より藩主、領主並び地元民の尊信愈々厚きを加え明治に及んだのである。(もと別当成就院あり維新の際廃した)。明治5年11月川口神社と改称、村社に列せられ、同40年3月供進神社に指定された。同年高須賀の雷神社をはじめ同42年3月字藤倉の湊神社、字水神の水神社、字八幡の八幡神社の4社を合併奉祀して今日に至る。
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