あつひたかひこじんじゃ
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【陸奥国式内百座】
所在地:宮城県角田市島田字四拾刈12
主祭神:天津日髙比古番能邇邇芸命、日本武尊
社 格:式内社(小)、旧郷社、伊具郡惣社
創 建:景行天皇の時代
由 緒
社伝によると、景行天皇の皇子である日本武尊が勅命により東国へと向かった。道中伊具の地に至り、古来よりの聖地であった大森山の山裾に祭場を設けて、大和朝廷の祖神である邇邇杵命を祀ったのがはじまりだと伝わる。その後、日本武尊は都への帰途についたが薨去するに及び、景行天皇は皇子の功績を偲び、勅命により社殿を建てて邇邇杵命に併せて日本武尊を祀ったという。
延喜式神名帳において、熱日高彦神社は陸奥国内の式内社百座のうちの一座とされた。伊具郡誌によれば、熱日高彦神社の神体は、延喜帝の勅命により山城国の如意寺で鋳造された銅仏であるという。江戸時代には、熱日高彦神社は伊具郡の惣社とされていた。熱日高彦神社から西に4kmの場所には伊具郡衙の跡である郡山遺跡がある。明治5年(1872年)には、伊具郡内で唯一の郷社に指定された。
春の例大祭では、以前は熱日高彦神社に丸森町小斎の鹿島神社(祭神:武甕槌神)と角田市尾山大谷地区の香取神社(祭神:経津主神)の神輿が集結し、三社の神輿が連なって渡御を行っていた。現在は香取神社の神輿と合同での渡御が行われている。
(Wikipediaより)





陸奥国伊具郡の式内社です。東北地方にいた蝦夷を討伐するために東国まで来た日本武尊さまが、この場所に祭場を設けて瓊瓊杵尊さまを祀ったのが始まりとされています。大和朝廷ひいては太陽神の天照大神さまの子孫である皇族を崇敬して社名の「日高」に当てられていると言われています。

《一の鳥居と社号碑》
鳥居より内側に社号碑がある珍しい形ですが、本来は鳥居の外にあり、目の前の道路を広げる関係で内側に移動したそうです。

《参道の橋》
左側にすごく大きな家があります。


他のユーザーさんの投稿した月替わり御朱印に惹かれて参拝。
ナビの案内通りに丸森町を抜けるルートで向かいましたが、岩肌剥き出しの崖と阿武隈川に挟まれた車一台分の山道を通っていくルートで、しかも急カーブのために対向車を直前まで認識できないというワイルドなルートでした笑。
境内は小高い山の上に鎮座してあり、参拝に上るのには石段を登っていくか車で上まで上がるかの2パターン。但し、車は急勾配で車一台ギリギリの道幅しかないので、他の車が降りて来たら完全にアウト。
かといって麓には駐車スペースらしきものがないので、対向車が来ないことを願いながら運を天に任せて上まで登っていきました。
境内には社殿の他に3つの境内社と御神木や夫婦杉があり、自然豊かな中にあるためか森林浴のようなヒンヤリとした雰囲気が。
また、境内社の山神社に祀ってある依代がモロに性器を模ったもので、生殖器崇拝の実物を初めて見ました。
社務所は閉まっていましたが、電話してみたらわざわざ開けてくださり、お目当ての御朱印をお受けして、社務所隣の集会スペースに展示してある吊るし雛を見学することができました。
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