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仙台八坂神社のお参りの記録一覧
公式宮城県 岩切駅

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ノリ
ノリ
2025年07月27日(日)22投稿

仙台八坂神社に参拝させて頂きました。
今日は、お祭りがあるみたいで出店が沢山出てました。穏やかな雰囲気な神社でした。
白と水色の風車が沢山あって良い雰囲気でした!
御朱印は通常のでお願いしました。

ご祭神:素戔嗚尊(すさのおのみこと)

建久元年(一一九〇年・平安)六月七日、後の高森城主となる伊沢家景が京都の祇園から勧請、岩切村余目に鎮座し、神田二十石の地を治めた歴史ある神社として知られている。その後、同村台ヶ原頂上に座して天王山と称したが、戦国天正の頃より社殿が荒廃し、祭事をくに至った。藩主伊達政宗は寛永年中、天王山より現在の地に遷宮し、祭田二石の地を寄進して厚く祭事を行う。神仏習合の際より祇園牛頭天王社と称したが、明治の初め現社号(仙台八坂神社)に改め、明治六年に郷社に列し、大正三年十二月に幣帛供進社に指定。明治四十三年四月、各区内鎮守社を本社に合祀した歴史を持つ。

境内社:冠川(かむりかわ)神社(志波彦神社 摂社)
ご祭神:志波彦大神(しわひこのおおかみ)

天正に縁起を焼失し、沿革不詳だが本社は延喜式内名神大社志波彦神社で、いつの
頃か甚だしく衰微していたが、延宝三年の再建には堅石五尺横六尺の小祠になり、しかも、摂社である天王社(神仏習合の際の仙台八坂神社)と並び立つ様であった。明治四年五月十四日、官国弊社規定に当り国幣中社に列せられたが、社地が狭いため社殿造建不可なる理由により、明治七年十二月二十四日、鹽竈神社へ遷座。
明治十年三月三十一日、官許を得て志波彦神社分霊を岩切村の旧社に奉遷して、冠川神社と称し、国幣中社(志波彦神社鹽竈神社)の摂社に指定された。

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