おおさきはちまんぐう
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楽しみ方大崎八幡宮のお参りの記録(5回目)
投稿日:2026年01月04日(日) 16時18分20秒
参拝:2026年1月吉日
🎍🌸新春徒歩詣り⑩🌸🎍
新春徒歩詣りのラストは『国宝・大崎八幡宮』です👏 仙台の街を400年以上にわたって見守り続ける「仙台総鎮守」の風格は、背筋が伸びるような思いがします。
大崎八幡宮がなぜ「仙台総鎮守」と称され、市民から格別の崇敬を集めているのか?
そこには伊達政宗公の深い意図と、歴史的な背景があります。もともとは奥州管領・大崎氏が祀っていた八幡神を、伊達政宗公が現在の地(当時の仙台城の北西)へ遷座させました。これは、伊達家のルーツである「成島八幡宮」と、かつての覇者「大崎氏」の威信を融合させ、新天地・仙台の象徴とするためでした。また、風水において北西(乾)は「天」を象徴する重要な方角です。仙台城から見て北西に位置する大崎八幡宮は、城下町の安寧を守る「乾の鎮守」として、都市計画の要となりました。この地域特有の信仰として、仙台城下には「守り本尊」を巡る独自の信仰があります。大崎八幡宮は戌年・亥年生まれの守護神でもあり、今なお世代を超えて「八幡さま」と親しまれています。
あとはなんと言っても豪華絢爛な社殿です。1607年に竣工した社殿は、現存する日本最古の「権現造」遺構として国宝に指定されています。御社殿は黒漆塗りをベースに、色鮮やかな彫刻と金箔が施されています。日光東照宮に引けを取らないその美しさは、正宗公の「伊達」な美意識が凝縮されています。
大崎八幡宮への初詣は、単なる新年の祈願に留まりません。それは、伊達政宗公が築いた「仙台」という街の歴史に触れ、400年前から変わらぬ市民の祈りの積み重ねを体感する儀式でもあります。豪華な社殿に手を合わせる時、今もなお、この地の「総鎮守」に見守られていることを強く実感します😊
新春徒歩詣りのラストは『国宝・大崎八幡宮』です👏 仙台の街を400年以上にわたって見守り続ける「仙台総鎮守」の風格は、背筋が伸びるような思いがします。
大崎八幡宮がなぜ「仙台総鎮守」と称され、市民から格別の崇敬を集めているのか?
そこには伊達政宗公の深い意図と、歴史的な背景があります。もともとは奥州管領・大崎氏が祀っていた八幡神を、伊達政宗公が現在の地(当時の仙台城の北西)へ遷座させました。これは、伊達家のルーツである「成島八幡宮」と、かつての覇者「大崎氏」の威信を融合させ、新天地・仙台の象徴とするためでした。また、風水において北西(乾)は「天」を象徴する重要な方角です。仙台城から見て北西に位置する大崎八幡宮は、城下町の安寧を守る「乾の鎮守」として、都市計画の要となりました。この地域特有の信仰として、仙台城下には「守り本尊」を巡る独自の信仰があります。大崎八幡宮は戌年・亥年生まれの守護神でもあり、今なお世代を超えて「八幡さま」と親しまれています。
あとはなんと言っても豪華絢爛な社殿です。1607年に竣工した社殿は、現存する日本最古の「権現造」遺構として国宝に指定されています。御社殿は黒漆塗りをベースに、色鮮やかな彫刻と金箔が施されています。日光東照宮に引けを取らないその美しさは、正宗公の「伊達」な美意識が凝縮されています。
大崎八幡宮への初詣は、単なる新年の祈願に留まりません。それは、伊達政宗公が築いた「仙台」という街の歴史に触れ、400年前から変わらぬ市民の祈りの積み重ねを体感する儀式でもあります。豪華な社殿に手を合わせる時、今もなお、この地の「総鎮守」に見守られていることを強く実感します😊

夕日に照らされる一の鳥居

二の鳥居

夕暮れが近づき提灯🏮に火が灯されると
更に幻想的な空間になりました。
更に幻想的な空間になりました。


国指定の重要文化財の『長床』
後ろに見えるのが御社殿
後ろに見えるのが御社殿

国宝の御社殿

年に一度、お正月にしか頒布されない限定の
見開き切り絵御朱印
見開き切り絵御朱印
すてき
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