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いだじんじゃ

猪田神社
三重県 依那古駅

御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

境内南側

おすすめの投稿

🌷日向ぼっこ☀️🐇
🌷日向ぼっこ☀️🐇
2024年12月08日(日)979投稿

🌼猪田神社(いだじんじゃ)⛩️に参拝させて頂きました。当社は昔の伊賀郡猪田郷の総社として古くから多くの崇敬を集めています。☘️現在は依那古地区(依那具・市部・沖・才良・上郡・下郡・森寺・ゆめが丘)の総氏神として、初宮詣、七五三、厄除をはじめ安産、学業成就、新車祓、良縁成就、雨乞祈願、神前結婚式、地鎮祭、清祓、神葬祭等あらゆるご祈願や出張祭典を受付ております。
🍁ご本殿は桃山時代の粋を集めた、極彩色を施す建物で昭和37年「三重県有形文化財」の指定を受けております。

👣所在地 : 三重県伊賀市下郡591

🌷「ブランニュー・カフェ」☕️ 気さくなママさんが一人でやっているようです。会話もとても楽しかったです。店の真向かいに店の名前のある駐車場が2台分あり、店の方に声をかけると店舗の横のスペースに停めさせてくれました。
サンドイッチ🥪のモーニングセットとフレンチトーストのモーニングセットを注文‼️ トーストサンド4切、フレンチトースト2切、2人で分け合いしましたが、サンドイッチは具がいっぱいで香り良く、フレンチトーストも分厚いトーストでとろける食感、とても美味しかったです。どちらも野菜サラダ、スープ、ドリンク付きで600円とお値打ちです。ご馳走様でました🙏🌷

猪田神社(三重県)

  御朱印  猪田神社(いだじんじゃ)

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歴史

主祭神である猪田神(いだのかみ・別名 武伊賀津別命)は、旧事本紀(くじほんぎ)に「伊賀国造 志賀高穴穂(しがのあなほのみや)朝御代(成務天皇) 垂仁帝皇子意知別命(おちわけのみこと)三世孫 武伊賀都別命(たけいがつわけのみこと) 定賜国造(くにつくり)」とあり第13代 成務天皇の時代に伊賀の国造に任じられた、伊賀臣の祖神である。その子孫である伊賀臣は伊賀郡(古くは伊賀には伊賀郡・阿拝郡・山田郡・名張郡があった)の郡司として猪田神社前方に集落を形成し郡衙(ぐんが・郡役所)を置き、政治経済の中心地として支配し、神社の森を神奈備の杜として祭祀を行ったのが起源と考えられている。
 天正15年(1587)の棟札によると、「始自勧請以来八百四年目仁下遷宮」とあることから延暦3年(784)に、社殿が建てられたことがうかがわれる。また、江戸中期に記された「三国地誌」によると、「延暦三年 白鷺空中を翔り 白羽の矢をくわえて松の樹上に止る時に その矢光を放ち 今の社地に止る 其矢をみれば住吉神と銘す 夫よりして此地に此神を祀り 古山 沖 市部 依那具 猪田 郡等の十七郷共に祭祀に預かる」とあり、神社前方の森に白鷺が住吉神と銘する白羽の矢をくわえて降り立ったので、社殿を建て猪田神と住吉神をあわせて祀るようになった。(此の住吉神は、当社より猪田の猪田神社と古山の田守神社に勧請(かんじょう)されている)
 平安時代には延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう・927年完成)の伊賀国25座の式内小社に列せられている。
 天正9年(1581)織田信長による伊賀攻め(第2次天正伊賀の乱)によって、本殿以下が焼失し猪田郷山出の小天狗清蔵により天正15年(1587)に再建された。
 明治43年には合祀令により、延喜式内社であった依那古神・坂戸神社をはじめ近隣神社(依那具・市部・沖・才良・上郡・下郡・森寺)で祀られていた神々を合祀した。
 昭和48年、本殿背後の斜面より「猪田経塚」が発見されている。塚は全部で13基が存在したものと考えられ、内3基からは瓦製経筒・三筋壺経筒が検出され、造営年代は12世紀末頃と推定されている。
 また、当社前方には「下郡遺跡」があり、弥生時代~室町時代の集落遺跡も見つかっており、特に平安時代の井戸からは延喜(901~923)銘の墨書木簡が出土している。
 氏子地域は依那古地区(依那具・市部・沖・才良・上郡・下郡・森寺・ゆめが丘)である。

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猪田神社の基本情報

名称猪田神社
読み方いだじんじゃ
参拝時間

参拝/24時間

御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号0595-37-0111

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttps://idajinja.wixsite.com/home
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詳細情報

ご祭神《合》依那古神,健御名方命,宇迦能御魂神,小泉太郎左衛門,蛭子命,大日貴命,坂戸神,応神天皇,仁徳天皇,大物主神,市杵島比売命,大山咋命,健速須佐之男命,天児屋根命,綾門日女命,猿田彦命,菅原道真,大山祇神,木花佐久夜比売命,伊弉冊命,火之迦具土神,速玉男命,事解男命,倭姫命,神功皇后,《主》猪田神,《配》底土命,赤土命,磐土命
本殿一間社流造
文化財

【三重県有形文化財】本殿

ご由緒

主祭神である猪田神(いだのかみ・別名 武伊賀津別命)は、旧事本紀(くじほんぎ)に「伊賀国造 志賀高穴穂(しがのあなほのみや)朝御代(成務天皇) 垂仁帝皇子意知別命(おちわけのみこと)三世孫 武伊賀都別命(たけいがつわけのみこと) 定賜国造(くにつくり)」とあり第13代 成務天皇の時代に伊賀の国造に任じられた、伊賀臣の祖神である。その子孫である伊賀臣は伊賀郡(古くは伊賀には伊賀郡・阿拝郡・山田郡・名張郡があった)の郡司として猪田神社前方に集落を形成し郡衙(ぐんが・郡役所)を置き、政治経済の中心地として支配し、神社の森を神奈備の杜として祭祀を行ったのが起源と考えられている。
 天正15年(1587)の棟札によると、「始自勧請以来八百四年目仁下遷宮」とあることから延暦3年(784)に、社殿が建てられたことがうかがわれる。また、江戸中期に記された「三国地誌」によると、「延暦三年 白鷺空中を翔り 白羽の矢をくわえて松の樹上に止る時に その矢光を放ち 今の社地に止る 其矢をみれば住吉神と銘す 夫よりして此地に此神を祀り 古山 沖 市部 依那具 猪田 郡等の十七郷共に祭祀に預かる」とあり、神社前方の森に白鷺が住吉神と銘する白羽の矢をくわえて降り立ったので、社殿を建て猪田神と住吉神をあわせて祀るようになった。(此の住吉神は、当社より猪田の猪田神社と古山の田守神社に勧請(かんじょう)されている)
 平安時代には延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう・927年完成)の伊賀国25座の式内小社に列せられている。
 天正9年(1581)織田信長による伊賀攻め(第2次天正伊賀の乱)によって、本殿以下が焼失し猪田郷山出の小天狗清蔵により天正15年(1587)に再建された。
 明治43年には合祀令により、延喜式内社であった依那古神・坂戸神社をはじめ近隣神社(依那具・市部・沖・才良・上郡・下郡・森寺)で祀られていた神々を合祀した。
 昭和48年、本殿背後の斜面より「猪田経塚」が発見されている。塚は全部で13基が存在したものと考えられ、内3基からは瓦製経筒・三筋壺経筒が検出され、造営年代は12世紀末頃と推定されている。
 また、当社前方には「下郡遺跡」があり、弥生時代~室町時代の集落遺跡も見つかっており、特に平安時代の井戸からは延喜(901~923)銘の墨書木簡が出土している。
 氏子地域は依那古地区(依那具・市部・沖・才良・上郡・下郡・森寺・ゆめが丘)である。

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