伊勢の国 四天王寺の日常(82回目)|三重県津駅
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楽しみ方投稿日:2022年06月01日(水) 18時21分32秒
今日6月1日は写真の日ですね。
天保12年の6月1日に初めて日本人が写真撮影をしたことに由来するそうです。
四天王寺には、写真にゆかりの深い人物のお墓があります。
「堀江鍬次郎」という方で、日本写真史上の重要人物です。
鍬次郎さんは1831(天保2)年、江戸染井の津藩邸で生まれました。
斎藤拙堂の尽力で長崎に留学した津藩士の1人で、西洋の化学を学び、学友の上野彦馬とともに写真術の研究をはじめます。
当時は写真に使う薬剤を自分で作らなければならず、牛の血や骨から作った青酸カリやアンモニアを使っていました。
1861(文久1)年、津藩主藤堂高猷(たかゆき)の援助を受け、フランスから最新の写真機材と感材用の薬品を取り寄せ、江戸の津藩邸で藤堂高猷の撮影を成功させました。
津藩校有造館の蘭学教頭を務め、上野彦馬とともに化学解説書『舎密局必携』を著すなど、化学や写真術の普及に尽力しましたが、1866(慶応2)年に35歳の若さで亡くなりました。
遺言により鍬次郎の亡骸は、恩師斎藤拙堂家の墓地の一角に葬られています。
お参りの際は、ぜひ鍬次郎さんのお墓にも手を合わせていただけましたら幸いです。
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💠6月限定「紫陽花と観音さま」
💎通年頒布「宝石と新しい観音さま」
聖徳太子1400年限定御朱印の紹介は、
こちらをご覧ください。郵送対応あり📮
https://features.hotokami.jp/mie_shitennoji
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斎藤拙堂の尽力で長崎に留学した津藩士の1人で、西洋の化学を学び、学友の上野彦馬とともに写真術の研究をはじめます。
当時は写真に使う薬剤を自分で作らなければならず、牛の血や骨から作った青酸カリやアンモニアを使っていました。
1861(文久1)年、津藩主藤堂高猷(たかゆき)の援助を受け、フランスから最新の写真機材と感材用の薬品を取り寄せ、江戸の津藩邸で藤堂高猷の撮影を成功させました。
津藩校有造館の蘭学教頭を務め、上野彦馬とともに化学解説書『舎密局必携』を著すなど、化学や写真術の普及に尽力しましたが、1866(慶応2)年に35歳の若さで亡くなりました。
遺言により鍬次郎の亡骸は、恩師斎藤拙堂家の墓地の一角に葬られています。
お参りの際は、ぜひ鍬次郎さんのお墓にも手を合わせていただけましたら幸いです。
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すてき
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