つかんのん|真言宗醍醐派|恵日山
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方津観音のお参りの記録一覧
絞り込み


再び、ご遙拝させて頂きました。
前回は、ごく一般的な「御印」を、いくつか拝受させて頂きました。
ところが、その時の「特別御印」は「売り切れ」、その上「毘沙門天さま御印」の拝受をすっかり忘れていました。
とんだ「失態」です。
津観音様には、「お問い合わせ」から、「次の「特別御印」をお頒けなさるのはいつ頃か」という件を伺いました。
そうして、何日かしますと、朝に突然電話が! 津観音さまからでした。
「今し方、電子メールでもお返事を差し上げたのですが・・・」との始まりで、「次は来年5月頃で、もしかしたら今年の12月に出すかも知れません」とのことでした。
「何せ「特別御印」は、寺でも「直接」お渡ししているので、「売り切れ」になるのが早いのです」ともお話になっていました。
ワタシは、「12月に「特別御印」が出る」ことに期待をかけて、「写経のお納め」の発送を止めておきました。
11月になりますと、SNSで津観音さまの告知が! 「特別御印」の頒布があるそうです。
早速ワタシは、再度「ご遙拝・御印拝受」の申込みをさせて頂きました。
「告知」されてすぐだったお陰か、念願の「特別御印」を拝受させて頂くことが出来ました。「毘沙門天さま御印」もですけれど。
時は12月に入り、「師走(坊さんが走る)」のせいか、申込みが早かったせいか、手元に届くのは遅くなりました。
しかし、しっかり拝受させて頂き、拝礼させて頂きました。
封筒の中の「「写経」の「納経」」は、「ご送付」は1回ですけれど、中身は2回分「ご遙拝」させて頂いたことにしました(ズボラ?)。
なお、話が少しそれますが、今年の3月に伊勢津に宿泊した際(伊勢神宮に行く途中)、「フェニックスホテル」なる「ビジネスホテル」に泊まりました。
「札幌ナンバー」のバイクで着きまして、飛び出してきたのは「支配人」でした。話してみると「支配人」は、鈴鹿のサーキットでバイクを飛ばしている「バイク好き」。
「ビジネス」と言う割にはサービス満点でした。フロントロビーの「コーヒーサーバー」、「冷凍庫のアイスキャンディー」など、全て無料。
「ランドリーサービス」も、部屋に備え付けのカゴに、洗濯物を入れて前日にフロントへ預けておけば、翌日、部屋の前に、洗濯済みのものが入ったカゴを置いておいてもらえます。
ツーリングの際、「国道23号線沿いにコインランドリーはあるか」、「これに時間を使えるかどうか」、頭を痛くしていたところでしたので、本当に助かりました。
それはそうと、この「フェニックスホテル」と「津観音さま」は、何と「ご近所」だったのです!!!
なお、このホテルをチェックアウトした3月16日は、天気は、低気圧のせいで「どしゃ降り」でした。フラフラできる状況でもなく・・・。
この低気圧は、中部地方を過ぎた後、「太平洋」を荒らし、ワタシが乗った名古屋から苫小牧へのフェリーを、3日間、とんでもなく揺らすことは後日のお話・・・。
とにかく、津観音さまにおかれましては、数々の「ご無礼」・「失態」をやらかしてしまったことやら・・・。お詫びのしようもございません。

ご遙拝させて頂きました。
10月のある日、「情報をチェック」するため、SNSをスマホでボーッと見ていました。
その時、「津観音さま」の「広告」が現れてきました。
う~ん? 「スワロフスキー御朱印」? 「鉱物」かなんかを貼った、新手の「御印」か何か?
一応、「広告を見る」を「タップ」して、内容を見たのですが。
「何か、「御利益」でもあるのだろうか?」、「ただの「広告」でしょ」、正直、これが「感想」でした。
とは思ったものの・・・。
ホトカミで調べてみると、「「伊勢神宮」をお詣りして、「津観音」をお詣りしないのは、「片参り」と言う」とか。
だって、3月に「伊勢津」に「宿泊」した上、「伊勢神宮」に「直接お詣り」したのですもの。
早めに「ご遙拝」でも、させて頂かなければならない気分になりますよね。
そのような事で、早速、「御印拝受」のページに飛びました。
色々な「御印」はあるのですが、「限定御印(一面もの)」は100枚限り。「売り切れ」です。
こちらの「お寺さま」も、「決済手段」は色々とあります。
取りあえずは、「一通り」の「御印」を「拝受」するようには手配していたのですが・・・。
届いて、「どれがどの「御印」か?」と言う事を調べていくうち、「毘沙門天さま」の「御印拝受(注文)」していなかった事に気づきました。
相変わらず、かなり「抜けている」ワタシです。
やっぱり、「限定御印(一面もの)」を「拝受」したいものです。
「お問い合わせ」から、「次の「限定御印(一面もの)」と「毘沙門天さま」を拝受させて頂きたい」旨連絡しました。
2、3日、ご連絡がありませんでしたが・・・。
ある日の朝8時頃、突然電話がありまして、「津観音です。今し方メールもお送りしたのですが・・・」。
次の「限定御印(一面もの)」が「出回る時期」をご教示下さいました。
大変ありがとうございます。合掌。



津観音は、三重県津市にある真言宗醍醐派の寺院。正式名は「恵日山(えにちざん)観音寺大宝院」。本尊は聖観音菩薩。東京の浅草観音、名古屋の大須観音と並んで「日本三大観音」の一つとされる。三重県で、本山専修寺に次いで2番目に参拝者数が多い寺院。
近世の地誌『勢陽雑記』等の伝承によると、創建は奈良時代の初め709年に伊勢麻生が浦の漁夫の網に聖観音立像が掛かり、これを本尊として開山したのが始まり。現存最古の明確な文献には1430年に将軍足利義教が朝命を奉じ当寺境内に三重塔と恵音院を建立したとある。当時の観音寺は津市柳山にあって伽藍を形成していたが、1498年の大地震で全地海水に没し、現在地に移転した。
戦国時代には織田信長の弟・信包が津藩主となり、観音寺塔頭・六大院ほか三ケ寺を観音寺境内に移し再興。同時に鈴鹿市国府の阿弥陀如来と両脇侍を六大院に移して本尊とした。六大院院家・法印長堯が豊臣秀吉の手習学問の師範であったことから六大院は秀吉から朱印地を受けている。ただし、1600年、石田三成軍が津城を攻めた兵火により全山焼失した。
江戸期に入ると、藤堂高虎が伊予国から転封され津藩主となり、津城の鬼門にあった観音寺を再建。1613年の観音堂再建以降、梵鐘、鐘楼堂、仁王門、阿弥陀堂、護摩堂が再建された。江戸期に伊勢神宮参拝が流行すると、参拝者が道中観音寺に立ち寄って、伊勢神宮天照大神の本地物である「国府の阿弥陀如来」を参拝するようになり、「津に参らねば片参り」と言われるまでになった。
明治時代になると、長年の津藩主や江戸幕府からの保護が無くなり、庶民の祈願所という本来の姿に戻り、津市の発展に伴って、信仰の中心、娯楽に中心として市民に親しまれた。しかし、1945年の米軍による津大空襲により伽藍をすべて焼失。戦後1949年から1968年にかけて再建された。
当寺は、JR紀勢本線・津駅、近鉄名古屋線・津駅の南方2kmに位置していて、公共交通機関だと国道23号線上にある京口立町バス停から徒歩数分。周りはほぼ住宅街で、近くに非常に古い繁華街のような建物がいくつかある。境内は街中の寺院らしくさほど広くはないが、大きな本堂に五重塔があって、地元で信仰される街の中心寺といった感じ。
日本三大○○に弱い自分としては、日本三大観音ということで以前からチェックしていたお寺。ようやく機会を得て参拝することに。参拝時は平日の午前早めの時間で、地元風のご老人数名が参拝に来ていた。
※旅行サイト<じゃらん>において、津市で1番人気がある(口コミ数が多い)寺社仏閣。
もっと読む
四天王寺を後にして、ホトカミ代表の吉田さんオススメの天むす発祥の店で天むすと、蜂蜜まん本舗の蜂蜜まんを購入するために津観音の近くに来たから、三大観音の一つとされる津観音にも訪れました。
三大○○好きとしては、津観音に興味が有りましたが、いつもの三大○○あるあるの、3つ目は諸説ありかなと思いましたが、東京の浅草寺、名古屋大須の大須観音、津の津観音で諸説は出てこなかったですね。そうすると、浅草寺、大須観音は観光客が沢山いて門前仲町は観光客で賑わっているが、こちらは殆ど観光客もいなくちょっと寂しい感じがしました。
廃藩置県により、三重県となった時は四日市市よりも津市の方が栄えていたから県庁所在地となったと思いますが、何か時代の移り変わりを感じたお詣りとなりました。
三重県のおすすめ🎌
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ


























































