はせだじんじゃ
走田神社京都府 亀岡駅
参拝自由
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楽しみ方
この日は京都の亀岡に向かいました。
少し順番を変えて2番目に参拝した走田神社様から
アップします。
御祭神は
彦火火出見尊(ヒコホデミノミコト)
豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)
彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊
(ヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト)
走田神社様は711年に創祀されました。
彦火火出見尊は瓊瓊杵尊と山の神の大山祇命の娘
木花之佐久夜毘売の間に生まれた御子です。
豊玉姫命は海神の大綿津見の娘です。
彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊はこの二柱の御子神で
母の妹である玉依姫に育てられます。
成長した彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊は玉依姫を
娶り神武天皇の父神になります。
以上から走田神社様は山と海の恵みや皇室に
深く繋がるお社様であるとされています。
朝イチの清々しい空気の中での参拝で
とても心地よかったです。
走田神社様では奉納された絵馬に描かれた馬が
絵馬から抜け出して草を食むというエピソードが
あるので境内に馬のオブジェがあったりします。
謎なのは隠しキャラのようにあちらこちらに
🐢がいます。
亀岡やから?
豊玉姫の絡み?
想像が膨らみます(´▽`)


走田神社は社伝等によると和銅4年(711)に創祀されたといわれます。また、平安時代の書物である「延喜式」の「神名帳」に記載されている丹波国十九座の内の一社です。祭神は彦火火出見尊、豊玉姫尊、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊の三柱をお祀りしています。この彦火火出見尊は神話「海幸彦・山幸彦」に登場する山幸彦にあたります。豊玉姫尊は山幸彦が海幸彦の釣針を探しに行かれた竜宮に住む海神の娘で彦火火出見尊の妃となった方です。彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊はこの二神の御子です。
社伝等によると、昔社殿に掛けられていた絵馬から馬が毎夜抜け出て草を食べ歩き、やがてその蹄の跡が窪地になり川となったといわれます。この川は増水の時でも川音を立てないことから「不鳴川」とも呼ばれます。この川は干ばつの時でも枯れることがなく、近隣の田畑を潤しました。またこの川の没渫(泥さらえ)等をするときは故事にしたがってその日には馬の好物である青豆を供えて祈願する風習が今も続いています。また境内の中に「垂乳味池」と呼ばれる清水があり、次のような話が伝わっています。豊玉姫尊が葺不合尊を出産した後、御子を波瀲に残し龍宮に帰ってしまいました。そこで残された葺不合尊はこの清水の水で粥を作り乳の変わりとしました。これより「垂乳味池」と呼ばれるようになりました。後にこの清水は乳の出が悪い婦人がこの清水で作った粥を食べると乳がたくさん出るようになったといわれています。
| 名称 | 走田神社 |
|---|---|
| 読み方 | はせだじんじゃ |
| 参拝時間 | 参拝自由 |
| 参拝にかかる時間 | 約10分 |
| 参拝料 | なし |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| ご祭神 | 彦火火出見命 豊玉姫命 彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊 |
|---|---|
| 創建時代 | 和銅四年(711年) |
| 本殿 | 一間社流造 |
| ご由緒 | 走田神社は社伝等によると和銅4年(711)に創祀されたといわれます。また、平安時代の書物である「延喜式」の「神名帳」に記載されている丹波国十九座の内の一社です。祭神は彦火火出見尊、豊玉姫尊、彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊の三柱をお祀りしています。この彦火火出見尊は神話「海幸彦・山幸彦」に登場する山幸彦にあたります。豊玉姫尊は山幸彦が海幸彦の釣針を探しに行かれた竜宮に住む海神の娘で彦火火出見尊の妃となった方です。彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊はこの二神の御子です。
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