だいかくじ
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楽しみ方大覚寺のお参りの記録(2回目)
投稿日:2026年02月27日(金) 00時03分10秒
参拝:2026年2月吉日
大覚寺は京都市右京区にあるお寺です。
参拝するのは2回目です。
町の散策を続けていると たまに大きな観光寺院に参拝したくなります。
この日は大覚寺からスタートしました。
大覚寺は映画などのロケによく使われているお寺です。
境内はお堂エリアと大沢池エリアに分かれます。
どちらも拝観料がかかりますので 共通券を購入しました。
まずはお堂エリアから。
参拝入口から入ると すぐに式台玄関の内側を通って宸殿に行きます。
こちらには宇多法皇が使われた神輿がありました。
神輿ってこんなに小さいんですね。
私なら神輿に乗るより歩く方がいいです。
宸殿は後水尾天皇より下賜されたものだそうで 蔀戸を用いた寝殿造になっています。
宸殿には部屋が4つあり それぞれに立派な襖絵がありました。
狩野山楽の筆によるもので 複製ですが見事です。
続いて村雨の廊下を通って御影堂へ。
中庭には皇室の方々が手植えされた松が植わっていました。
御影堂も寝殿造の立派な建物です。
御影堂からは 勅使門と石舞台が見られます。
裏手には心経殿があります。
この日は霊宝館は公開されていませんでした。
続いて安井堂・五大堂(本堂)へ行きます。
この4つのお堂の前には広い庭があります。
一面に白砂が敷き詰められていて とてもきれいに整えられています。
右近の橘と左近の梅もありました。
3つのお堂は撮影禁止でした。
五大堂では御朱印や拝受品が頂けます。
五大堂からは大沢池エリアに出られます。
大沢池は一周500mほどのとても大きい池で 皇族や貴族の方々が月見を楽しんだと伝わります。
こちらにも多くの建物があります。
五社明神・閼伽堂・大日堂・聖天堂・蓮華殿・心経宝塔・護摩堂・天神社・望雲亭があります。
また 梅林と竹林もあり ゆっくり巡ることができます。
ちょうど紅梅と白梅が花をつけ始めていて うっすら匂いもしました。
結婚式の前撮りをしているカップルがいました。
良いですね♪
大沢池をぐるっとまわり 池横の参拝受付でも御朱印を頂きました。
歴史的にも見どころ満載のお寺で ゆっくり参拝すると90分以上かかります。
本当に見ごたえがあります。
次は桜の時期に参拝できたらなと思いました。
ネット情報です。
山号は嵯峨山
宗派は真言宗大覚寺派
寺格は大本山
ご本尊は五大明王(重要文化財)
創建年は貞観18年(876年)
開山は恒寂入道親王
開基は正子内親王(淳和天皇皇后)
正式名は旧嵯峨御所大覚寺門跡
札所等は真言宗十八本山第5番・近畿三十六不動尊霊場第13番・神仏霊場巡拝の道第89番(京都第9番)です。
嵯峨野の北東に位置するこの地には 平安時代初期に在位した嵯峨天皇が離宮を営んでいた。
嵯峨天皇の信任を得ていた空海が 離宮内に五大明王を安置する持仏堂の五覚院を建て 修法を行ったのがそもそもの起源とされる。
その後 嵯峨天皇が崩御してから30数年後の貞観18年(876年) 皇女の正子内親王(淳和天皇皇后)が離宮を寺に改めたのが大覚寺である。
嵯峨天皇には甥にあたる恒寂(ごうじゃく)入道親王(淳和天皇皇子、仁明天皇の廃太子)を開山(初代住職)とした。
しばらくして後 大覚寺は興福寺一乗院による兼帯が続いたが 文永5年(1268年)に後嵯峨上皇が落飾して法皇となり素覚と号し 第21代門跡となっている。
徳治2年(1307年)には後宇多天皇が出家して法皇となり 法名を金剛性と号して第23代門跡に就任し 翌徳治3年(1308年)に大覚寺を再興した。
法皇は伽藍の整備に力を尽くしたため 「中興の祖」と称されている。
また ここで院政を行ったため嵯峨御所(さがごしょ)とも呼ばれた。
法皇の父である亀山法皇から続く系統は当寺にちなんで「大覚寺統」と呼ばれ 後深草天皇の系統の「持明院統」と交代で帝位についた(両統迭立)。
この両系統が対立したことが 後の南北朝分裂につながった。
延元元年(1336年)に大火によってほとんどの堂舎が焼失した。
元中9年(1392年) 南北朝の和解が成立し 南朝最後の天皇である後亀山天皇から北朝の後小松天皇に「三種の神器」が引き継がれたのも ここ大覚寺においてであった。
応仁2年(1468年) 応仁の乱によりほとんどの堂宇が焼失する。
天文3年(1534年)からは東山にある安井門跡蓮華光院の門跡を兼帯するようになった。
天文5年(1536年) 木沢長政により放火されて堂舎が炎上している。
天正17年(1589年)に空性が門跡になってから復興にとりかかり 寛永年間(1624年 - 1644年)にはほぼ寺観が整えられた。
このように 皇室ゆかりの寺院であり 代々法親王が住職となった門跡寺院であるため 現在でも御所風の雰囲気がただよっている。
御所跡地が国の史跡に指定されている。
参拝するのは2回目です。
町の散策を続けていると たまに大きな観光寺院に参拝したくなります。
この日は大覚寺からスタートしました。
大覚寺は映画などのロケによく使われているお寺です。
境内はお堂エリアと大沢池エリアに分かれます。
どちらも拝観料がかかりますので 共通券を購入しました。
まずはお堂エリアから。
参拝入口から入ると すぐに式台玄関の内側を通って宸殿に行きます。
こちらには宇多法皇が使われた神輿がありました。
神輿ってこんなに小さいんですね。
私なら神輿に乗るより歩く方がいいです。
宸殿は後水尾天皇より下賜されたものだそうで 蔀戸を用いた寝殿造になっています。
宸殿には部屋が4つあり それぞれに立派な襖絵がありました。
狩野山楽の筆によるもので 複製ですが見事です。
続いて村雨の廊下を通って御影堂へ。
中庭には皇室の方々が手植えされた松が植わっていました。
御影堂も寝殿造の立派な建物です。
御影堂からは 勅使門と石舞台が見られます。
裏手には心経殿があります。
この日は霊宝館は公開されていませんでした。
続いて安井堂・五大堂(本堂)へ行きます。
この4つのお堂の前には広い庭があります。
一面に白砂が敷き詰められていて とてもきれいに整えられています。
右近の橘と左近の梅もありました。
3つのお堂は撮影禁止でした。
五大堂では御朱印や拝受品が頂けます。
五大堂からは大沢池エリアに出られます。
大沢池は一周500mほどのとても大きい池で 皇族や貴族の方々が月見を楽しんだと伝わります。
こちらにも多くの建物があります。
五社明神・閼伽堂・大日堂・聖天堂・蓮華殿・心経宝塔・護摩堂・天神社・望雲亭があります。
また 梅林と竹林もあり ゆっくり巡ることができます。
ちょうど紅梅と白梅が花をつけ始めていて うっすら匂いもしました。
結婚式の前撮りをしているカップルがいました。
良いですね♪
大沢池をぐるっとまわり 池横の参拝受付でも御朱印を頂きました。
歴史的にも見どころ満載のお寺で ゆっくり参拝すると90分以上かかります。
本当に見ごたえがあります。
次は桜の時期に参拝できたらなと思いました。
ネット情報です。
山号は嵯峨山
宗派は真言宗大覚寺派
寺格は大本山
ご本尊は五大明王(重要文化財)
創建年は貞観18年(876年)
開山は恒寂入道親王
開基は正子内親王(淳和天皇皇后)
正式名は旧嵯峨御所大覚寺門跡
札所等は真言宗十八本山第5番・近畿三十六不動尊霊場第13番・神仏霊場巡拝の道第89番(京都第9番)です。
嵯峨野の北東に位置するこの地には 平安時代初期に在位した嵯峨天皇が離宮を営んでいた。
嵯峨天皇の信任を得ていた空海が 離宮内に五大明王を安置する持仏堂の五覚院を建て 修法を行ったのがそもそもの起源とされる。
その後 嵯峨天皇が崩御してから30数年後の貞観18年(876年) 皇女の正子内親王(淳和天皇皇后)が離宮を寺に改めたのが大覚寺である。
嵯峨天皇には甥にあたる恒寂(ごうじゃく)入道親王(淳和天皇皇子、仁明天皇の廃太子)を開山(初代住職)とした。
しばらくして後 大覚寺は興福寺一乗院による兼帯が続いたが 文永5年(1268年)に後嵯峨上皇が落飾して法皇となり素覚と号し 第21代門跡となっている。
徳治2年(1307年)には後宇多天皇が出家して法皇となり 法名を金剛性と号して第23代門跡に就任し 翌徳治3年(1308年)に大覚寺を再興した。
法皇は伽藍の整備に力を尽くしたため 「中興の祖」と称されている。
また ここで院政を行ったため嵯峨御所(さがごしょ)とも呼ばれた。
法皇の父である亀山法皇から続く系統は当寺にちなんで「大覚寺統」と呼ばれ 後深草天皇の系統の「持明院統」と交代で帝位についた(両統迭立)。
この両系統が対立したことが 後の南北朝分裂につながった。
延元元年(1336年)に大火によってほとんどの堂舎が焼失した。
元中9年(1392年) 南北朝の和解が成立し 南朝最後の天皇である後亀山天皇から北朝の後小松天皇に「三種の神器」が引き継がれたのも ここ大覚寺においてであった。
応仁2年(1468年) 応仁の乱によりほとんどの堂宇が焼失する。
天文3年(1534年)からは東山にある安井門跡蓮華光院の門跡を兼帯するようになった。
天文5年(1536年) 木沢長政により放火されて堂舎が炎上している。
天正17年(1589年)に空性が門跡になってから復興にとりかかり 寛永年間(1624年 - 1644年)にはほぼ寺観が整えられた。
このように 皇室ゆかりの寺院であり 代々法親王が住職となった門跡寺院であるため 現在でも御所風の雰囲気がただよっている。
御所跡地が国の史跡に指定されている。

参道入口

寺号の石柱

表門

由緒書

寺号標

表門入ってすぐ 臥龍の松

玄関前の庭

明智陣屋と式台玄関

式台玄関内側から

宇多法王御輿

宸殿の蔀戸

宸殿の説明

宸殿の襖絵



中庭



高松宮手植えの松

常陸宮手植えの松

石舞台

御影堂

心経殿

心経殿の説明


霊宝館に続く

御影堂

安井堂

五大堂(本堂)

五大堂の説明

五大堂(本堂)

閼伽堂

扁額 弘法大師とあります

閼伽堂の説明

大日堂

大日堂の説明

聖天堂

聖天堂の説明

心経宝塔

心経宝塔の説明

心経殿址

蓮華殿

護摩堂

護摩堂の説明

石仏群

石仏群の説明

半分埋まっているものも

名古曽橋

いけばな発祥の地碑

与海公飲茶送帰山(かいこうとちゃをのみやまにかえるをおくる)一首

岩に歌が刻まれている

梅林

紅梅

紅梅

白梅

白梅

白梅

竹林(前撮りをしていました)

大沢池の船

広い池です

散策マップ

大沢池の由来

望雲亭

由来

寺号の石柱

表門から500mほど離れた場所にありました
すてき
投稿者のプロフィール

くるくるきよせん3231投稿
「すてき」 をくださるみなさま、ありがとうございます。 拙い投稿ですのに、本当に感謝しかありません。 2022年の正月に、ふと思い立って古都の寺社巡りを始めました。 由緒書きを読んだり、お話を伺...もっと読む
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