くるまそうえいどう(かいしょうじあと)
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車僧影堂は京都市右京区にあるお堂です。
住宅街の中に畑と駐車スペースがあり その中にぽつんとお堂がひとつ建っています。
近くに住んでいる方ならお堂だと分かるのでしょうが 普通に歩いていたら 小屋?と思ってしまうような立地&建物です。
お堂の前に立つと 「海生寺遺跡」と彫られた香炉?があり ここに昔はお寺があったと分かりました。
昔この地にあった海正寺の開山堂のようです。
由緒書がありました。
堂内に 元禄のころ廃寺となった海生寺の開祖深山禅師の像と位牌が安置されている。
室町初期の肖像彫刻の特色をもっているが 江戸時代の「都名所図会」には
この僧いずれの姓の人か知れず 常に破れ車に乗り都大路を往来す。よって世の人 車僧と呼ぶ。七百歳とも称す
と書かれている。
謡曲「車僧」は 愛宕山の天狗太郎坊が 深山禅師を魔道に誘惑せんとして成功しなかった話だが 禅師を戯曲に仕立てたものである。
堂は往年の海生寺の跡地に当たる。
とありました。
少し離れて見ると 民家に紛れてしまい お堂とは分からない感じがしました。
貴重な像と位牌を管理するのは 謡曲史跡保存会のようです。
いつもの合掌とは少し違う気持ちで合掌しました。
ネット情報です。
かつて「車僧寺」と呼ばれた。
「車僧堂」「くるまんさん」とも呼ばれている。
かつてこの地には 海正寺という寺院があり その開山が車僧と呼ばれた僧・深山正虎だったという。
海正寺は いまも地名に残っている。
鎌倉時代 臨済宗の僧・深山正虎がこの地 太秦南市川村に 海正寺を創建したという。
現在地には開山塔が立てられたという。
「海生寺」とも記された。
本尊に観音菩薩を安置し 深山正虎が住していた。
深山は当初 山階(山科)の山中に庵を結び その後この寺に移ったともいう。
深山没後 その遺像が安置された。
像は筑紫より携え来たともいう。
黄檗派の僧が像を守っていたともいう。
境内・文化財
境内・文化財をもっと見る|車僧影堂(海正寺跡)の情報
| 住所 | 京都府京都市右京区太秦海正寺町31 |
|---|---|
| 行き方 |
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車僧影堂(海正寺跡)の基本情報
| 名称 | 車僧影堂(海正寺跡) |
|---|---|
| 読み方 | くるまそうえいどう(かいしょうじあと) |
詳細情報
| 宗旨・宗派 | - |
|---|---|
| ご由緒 | 堂内に、元禄のころ廃寺となった海正寺の開祖深山禅師の像と位牌が安置されている。
|
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