そうけんいん|臨済宗大徳寺派大本山大徳寺塔頭
総見院のお参りの記録一覧
大徳寺の特別拝観 三カ寺共通拝観券最後はこちら。
本堂でいろいろ解説をしていただきました。
茶道を始めたので、茶筅塚も興味深かったです。
茶室はもちろんですが、輿、掘りぬき井戸、土塀も解説のおかげでみぞびれることなく。
他の2寺もですが、別の季節の公開にも来たいです。
関西小旅行2日目 4社目。大徳寺の特別公開で前日は公開されていなかった総見院へ。
本坊の拝観料は2,000円ですが、総見院、黄梅院、興臨院の3院共通拝観券もありました。
2023年4月1日~5月7日の土日祝公開。GW4月29日~5月7日は毎日公開です。
1回に入れる人数制限があり待ち時間の間、信長公一族の墓碑やも天正11年(1583)の創建時の姿を残す表門、土塀、日本最古の胡蝶侘助とされる、樹齢約400年の侘助椿を見学。
時間になり本堂にて詳しい解説付きにて木造織田信長公坐像(重要文化財)を間近で見ることが出来ました。
御朱印は拝観前に受付にて書置きを拝受。
受付所から先は庭園含む一切撮影禁止です。
由緒書①
由緒書②
京の冬の旅特別公開、大徳寺での次は総見院。
言わずと知れた織田家菩提寺。どこの塔頭でもそうですが、要所で丁寧な説明をいただけます。おうそうなのかとなって、改めて見直すことに。
ここではやはり信長公含め織田家の墓があります。また趣が異なる三つの茶室があります。
御朱印。
左が山門。横から入ります。
本殿だと思います。
織田家墓所。真ん中が信長公。信長公の遺体ははっきりしていないので、身代わりの遺灰だとか。
お茶室が二棟。
お茶室への廻廊。
数珠巡礼の九十四玉目。
京都迄来たので去年から数珠巡礼に賛同されたお寺さんへ。
数珠巡礼さんは神仏霊場会さんと同じ平成十年発足された霊場。
近くに行けなかったのでこちらからお参り致しました。
次の公開のお日にちです。
京都市北区にあるお寺です。
宗旨宗派は臨済宗大徳寺派
寺格は大徳寺塔頭
ご本尊は織田信長坐像(重要文化財)
です。
夏にお参りした際には公開されていなかったのですが、秋の特別公開でお参りできました。
特別公開はガイドさんが説明してくださるので楽しいです。
織田信長の墓は全国にたくさんあるそうですが、豊臣秀吉が葬儀を行うのにふさわしい寺として大徳寺を選び、祀る寺として総見院を建立したと聞きました。
「こちらが正真正銘の本物です。」
なるほど。そのようです。
一族のお墓もありました。
加藤清正が奉納したとされる掘り抜き井戸は、今もなおきれいな水を蓄えていました。
懐中電灯で照らすと、写真のように透き通った底が見えます。
廃仏毀釈の影響は大徳寺の塔頭にも及び、僧侶は重要な仏具などを大徳寺に隠し置いて難を逃れたそうです。
ただ、塔頭が荒廃してしまったことなどから、重要な品が塔頭に戻ってきていないこともあるそうです。
明治政府からすれば仏教がやっかいな存在だということは理解できるのですが、寺社愛好家からすればひどい話です。
総見院の土塀は「親子塀」と呼ばれます。
塀の内側にもう一つ塀を設けており、いざという時に隠れられるようにしていたそうです。
大徳寺の塔頭は、石田氏や前田氏など戦国武将がこぞって建立したそうなのですが、なるほど工夫されていたのですね。
秀吉が信長の追悼のために建てたお寺。信長ら一族の墓石が立つ。
印象的なのは木造の信長坐像と掘抜の井戸。坐像はよく教科書で見る写真の像で。なるほど、ここにあったのか。井戸は加藤清正が朝鮮出兵から帰る際、失った兵が多く、船のバランスを取るためにバラストとして積んできた石を掘り抜いて作ったものだそうで、教科書で読む一つのイベントとしての朝鮮出兵が、急に実際に多くの人命が失われた戦いだったのだとハッとした。
本堂に避難していた信長坐像が昭和になって総見院に戻る時に乗せられた輿というのがあったり、寺を取り囲む土塀は中が空洞の親子屏(確認はできない)だったり、見どころたっぷり。
大徳寺塔頭
通常非公開
特別公開に行って来ました。
信長公一族の墓碑
信長公をはじめ、徳姫(信長の息女)、濃姫(正室)、おなべの方(側室)など、一族7基の五輪石があります。
豊臣秀吉が信長の一周忌に当たる天正11年(1583)、その追善菩提のために建立しました。
三つのお茶室があります。
織田信長公の本名「平朝臣織田上総介三郎信長」からお寺の名前が付けられたと言われてました。
木造織田信長公坐像(重文)が祀られていて、今の教科書はこの信長公の写真がほとんどだと言われてました。
前に車が停まっていたのでこの撮り方になりました。
お茶室
社務所(受付)の猪目
分かりにくいですが、奥が信長公一族のお墓です。
秀吉が織田信長の追善菩提のために建立した大徳寺総見院。通常は非公開ですが、季節毎に特別公開されます。今年は冬の特別公開に合わせて訪問。御朱印を頂きました。
翌日(2020年2月22日)訪問した建勲神社の御朱印と一緒に。
織田信長の菩提寺。信長公の木像はほぼ等身大だそうです。
信長一族のお墓
今でも使われている井戸。10メートルほどあるそうですが水面に顔が映るほど澄んでいました。
侘助。開花時期は2月の下旬頃だそう。
天井に吊ってある輿に木像を載せて運んだそうです。
特別拝観でお参りしました。
掛け軸・イエスズ会の似顔絵等で描かれている信長像ですが、この香木で彫られた信長像は眼力が凄くて、「きっとこんな雰囲気の方だったんだろう」と思わせる像でした。
あまり大柄の人ではなかったろうと思われる信長ですが、この像を見た時、「この人の前なら確かに委縮するかも」と思いましたね。
像なのに(個人的感想ですが)生きている感じがして、いわゆる生き人形的な雰囲気がありましたよ。
この秋に(2017・10月7日~12月8日)特別拝観がありますが興味のある方は行ってみては如何でしょう。
信長一族の墓*左から信雄・信長・信忠
左から、お鍋の方(側室)小さな岩的なお墓と手前・濃姫の墓
京都府のおすすめ2選🍁
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