ろくおんじ (きんかくじ)|臨済宗相国寺派|北山
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楽しみ方鹿苑寺(金閣寺)のお参りの記録一覧
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足利義満が建てたことで知られる金閣寺に行ってきました!
かの有名な舎利殿(金閣)は、1階が寝殿造で金箔なしの落ち着いた雰囲気で現実世界を表し、2階が武家造かつ外側に金箔があり武士や中間的な世界を表し、3階は禅宗仏殿風で内外ともに金箔のため仏の世界を表します。
このため上にいくほど格式が高くなると同時に、俗から聖へ上昇する構造ととなっています。
また、2階は仏さまが祀られており3階は何もないそうです。
てっぺんの鳳凰も特徴的ですね。
舎利殿は、本来お釈迦様の遺骨を祀る建物だったそう。
また、現在の金閣は、1950年の火災後に再建されたものです。
金閣寺の参拝は7年ぶりだったのですが、何度見ても目に焼き付けられる光景だなと感じました。
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【北山(ほくざん)鹿苑寺(ろくおんじ)】
本尊:聖観世音菩薩
宗派:臨済宗相国寺派
開基:足利義満
~百寺巡礼:五木寛之氏が選んだ百の名刹 第21番~
北山鹿苑寺は、京都市北区に位置します。金閣寺として有名。元は鎌倉時代の公家、西園寺公経(きんつね)の別荘を室町幕府3代将軍の足利義満が譲り受け、山荘北山第(きたやまだい)を造ったのがはじまりとされています。
義満は北山第完成の翌年から移り住み、北山第にちなんで北山殿(きたやまどの)と呼ばれるようになります。出家して北山第に移ってからの義満の生活ぶりと権勢は天皇をしのぐほどだったといわれています。有名な一休禅師の父である第100代 後小松天皇(在位:1382-1412)を招き、華麗な盛儀をくりひろげたりしました。しかし、1408(応永15)年、その2ヵ月後、51歳のときに急死します。義満の死後、遺言によりお寺となり、夢窓国師を開山とし、義満の法号鹿苑院殿から2字をとって鹿苑寺と名づけられました。
~『百寺巡礼 第三巻 京都Ⅰ』五木寛之(講談社、2003)~


京都市北区金閣寺町にある金閣寺。
正式名称は北山鹿苑寺の臨済宗相国寺派のお寺。古都京都を構成する世界文化遺産の1つ。
西園寺家の跡地に室町幕府三代将軍足利義満が建立した寺院で有名な金色の建物は本堂ではなく仏舎利を祀る舎利殿です。金箔で覆われた3階建ての御堂の上にはこれまた立派な金に輝く鳳凰像。南北朝を統一し元寇から停滞していた大陸との交流を復活された義満はここで明からの使者をもてなしたとも言われています。現在の金閣寺は昭和の放火事件で焼失したものを3年をかけて復元再建されたものです。
拝観の受付で頂く入場券はなんと御守の御札。素敵な境内を参拝順路に沿って進むと見えてきました金閣寺!鏡湖池に浮かぶかのように見える金色の御堂はどこから見ても美しい。国内外問わず有名な場所ということで色んな国から来た観光客の方が多くいました。皆さん記念撮影で金閣寺を撮影しておりGoodJobと言いながら喜んでいる方もいました。田舎者である私も外国人観光客の皆様に紛れ込んでパシャパシャ撮ってました(笑)それにしても金閣寺は舎利殿だけでなく庭園はどこを見ても素晴らしく日本文化の良さを再確認出来ます。御朱印は不動堂の横にある朱印所で頂けます。舎利殿と石不動尊の2種類があり舎利殿は直書きで頂く事が出来ますよ。
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