かもみおやじんじゃ(しもがもじんじゃ)
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方賀茂御祖神社(下鴨神社)のお参りの記録一覧
絞り込み

法乗院によってから下鴨神社へ。まあいつもながら外国人は多いわなぁ・・・😅ということで足早に本殿をお詣り。御朱印拝受してから御手洗社へ向かい瀬織津姫にご挨拶を🤗糺の森を歩いているとなんかいろいろ看板増えてる?摂末社お詣りしながら見て周っていてふと参道入り口の案内板に唐崎社紅葉橋遥拝所の案内板が😲今まで気にしてなかったのですが御祭神に「瀬織津姫」とあり、読んでみるとかつて辛﨑社(唐崎社)というお社があったそうですがいつものアレで焼失。お祓いの神社だったそうで現在は井上社(御手洗社)に合祭。夏越し神事には井上舎にてお祓いの神事の後、紅葉橋から唐崎社を遥拝するとのこと。ただし唐崎社地は上知令対象だったため現在は無社殿神地だとのこと。しかしどの方向にお詣りすればいいのかわからず・・・😅井上社や本殿がある北向きでいいのかお伊勢さんの東なのか・・・?
もっと読む
京都市左京区にある下鴨神社(正式名称:賀茂御祖神社)は、古代山城国を代表する由緒ある神社で、創建は神代にまで遡ると伝えられる。ユネスコの世界文化遺産「古都京都の文化財」の一つにも登録されている。
主祭神は賀茂建角身命と玉依媛命で、厄除けや縁結び、安産、家内安全など幅広いご利益で知られる。境内を囲む「糺の森」は原生林に近い貴重な森で、四季折々の自然が楽しめる神聖な空間として親しまれている。
朱塗りの楼門や本殿は優美な姿を見せ、平安時代の祭礼の流れを今に伝える神事も多い。特に5月に行われる葵祭は京都三大祭の一つとして有名で、平安装束をまとった行列が古都を彩る。
歴史・自然・信仰が一体となった下鴨神社は、京都を代表する格式高い古社として国内外から多くの参拝者を集めている。
もっと読む
崇神天皇の7年(BC90)に神社の瑞垣の修造がおこなわれたという記録があるため、それ以前の古い時代からお祀りされていたと考えられます。 近年の糺の森周辺の発掘調査では古代の土器や弥生時代の住居跡が発掘され、古代からの信仰を裏付けています。。 『続日本紀』の文武天皇二年(698)には、葵祭に見物人がたくさん集まるので警備するように、という命令が出された、という記事があり、このことからも奈良時代より前から当神社が大きなお社で、盛大なお祭がおこなわれていたことがわかります。 平安時代には、国と首都京都の守り神として、また皇室の氏神さまとして賀茂別雷神社とともに信仰を受けておりました。式年遷宮や斎王の制度などが定められたことからも、一線を画した特別な神社として認識されていたことが伺い知れます。『源氏物語』や『枕草子』など王朝文学にしばしば登場いたしますように、この時代の文化、宗教の中心地の一つとして栄えました。 平安時代末期になりますと全国に60余箇所もの荘園、御廚が寄進され神社を支えました。
もっと読む
賀茂建角身命(かもたけつぬみのこと)とと玉依媛命(たまよりひめのみこと)をお祀りしています。
賀茂建角身命は国家国民の安穏と世界平和の守護神てあるとともに、厄除・交通安全など人々の暮らしを守る神様です。
八咫烏に化身され、昔、神武天皇さまを熊野から吉野までお導きになりました。「咫」は昔の長さの単位で、「八咫」は大きいという意味です。烏は太陽の象徴であり、「八咫烏」は三本足の巨大な烏と伝えられています。
玉依姫命は、鴨川で禊をされているときに、流れてきた丹塗の矢を持ち帰り床に置かれたところ懐妊されたという神話が伝えられています。このことから縁結び、安産、子育ての神様として信仰されています。
「下鴨神社」の正式名称は「賀茂御祖神社」で、賀茂・鴨とは神のことで御祖とは親のこと。親神をお祀りしているということだそう。賀茂建角身命と玉依姫命は、上賀茂神社の御祭神の祖父と母にあたります。また、鴨川の下流に祀られているため下鴨神社と呼ばれるそうです。
もっと読む


京都府のおすすめ🌸

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ



























































