しんはせでら
新長谷寺のお参りの記録一覧
新長谷寺 参拝日 令和4年10月29日
洛陽三十三所観音霊場第五番の御朱印を頂きました
洛陽三十三所観音霊場納経帖のページ
洛陽三十三所観音霊場第五番の御朱印
新長谷寺さんの御朱印は真如堂さんで授与して頂きます。
なので 真如堂さんへ
真如堂さんには京の通称寺の御朱印を頂きに行ったんですが、この御朱印を授与してもらって
なんか おかしい!!
ファイルに綴じるために穴が空いてますが
位置も違う!
「通称寺さんのですよね?」と確かめたのですが
「お寺によって違うのでしょう」ってことで
違ったら違ったでいいや
また お参りに来ようと思い
自宅に帰ってから調べてみたら
やっぱり違う(笑)
洛陽三十三所観音巡礼の御朱印でした〜
実は前回、洛陽三十三所観音巡礼の御朱印を頂いた時、新長谷寺さんがわからず、(真如堂の境内にある)
お参りに行ってなかったんです。
今回、場所も教えてもらってちゃんとお参りできました
新長谷寺さんにお参りに行ってない事も忘れてました。
1年越しで十一面観音菩薩さまにご挨拶できました。
御朱印が間違ってなければお参りには行かなかったと思います。
偶然?必然?
とりあえず感謝です。
洛陽三十三所観音霊場五番札所。天台宗。
十一面観音菩薩。
平安時代初期、陽成天皇の時代に、越前守藤原高房が西国に赴く途中、一人の漁師が大亀を殺そうとしている所に出くわし、これを助けた。翌朝航海中に海が荒れ、子供が海に転落。救助不能な嵐の中、昨日の大亀が子供を背中に乗せて現れ、子供は助けられた。
時を経て、その時の子が中納言藤原山蔭となり、妻と一子の家庭を築くも妻が病死、後妻を迎える。しかし後妻は先妻との子が疎ましくなり、太宰府長官赴任の船旅中に子供を海に突き落とす。悲嘆にくれた山蔭がその子を探していると、以前自分を助けてくれた大亀がその子をも救ってくれた。
山蔭は、二度までも救ってくれた大亀は観音様のご加護だと感謝し、奈良は長谷寺の十一面観音像を模造。八尺の大像を前立として吉田山の麓の邸宅に新長谷寺を建立しました。
ただし新長谷寺は明治の廃仏毀釈により廃寺となり、本尊である十一面観音像は真如堂に移設。現在に至ります。
あくまでもお寺としては真如堂とは別のお寺なのですが、管理住職不在寺のため、御朱印は真如堂にてお受け頂けます。
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