ろくはらみつじ|真言宗智山派|補陀洛山
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楽しみ方六波羅蜜寺のお参りの記録一覧
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京都市内寺巡りの2寺目は、京都市東山区に在る補陀落山 六波羅蜜寺です。1寺目の清水寺から1kmと近いです。真言宗智山派で、本尊は十一面観音。この十一面観音像は国宝で、全国で7躯ある国宝の十一面観音の内で最もお会いするのが難しい。何故なら12年に1度しか開帳されないから。私もお会いしておりません。
参考までに国宝の十一面観音像を所蔵している寺院を紹介します。
・滋賀∶向源寺
・奈良∶聖林寺、室生寺、観音寺、法華寺
・京都∶六波羅蜜寺
・大阪∶道明寺
951年に空也上人(学校の教科書で目にした事があると思います。)により開創、空也上人の死後に中信上人により規模拡大。平安末期に兵火に遇う。その後は源、足利、豊臣、徳川から庇護を受け寺領拡大するも廃仏毀釈により規模縮小し、現在周りは民家に囲まれていて、案内看板がないとわかり辛くなっています。
こぢんまりとした境内ですが、本堂には国宝仏が安置されており、本堂裏手の宝物館には重文指定の仏像のオンパレード(14躯)。中でも空也上人立像と作風から運慶作と見られる地蔵菩薩坐像は拝観料を払ってでも必見です。他に湛慶像、運慶像、伝平清盛像があります。
尚、駐車場は南側に4台停めれます。




六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)は、京都府京都市東山区松原通大和大路東入にある真言宗智山派の寺院。山号は補陀洛山、院号は普門院。本尊は十一面観音。三国三十三所第17番札所。本尊の木造十一面観音立像が国宝、本堂や木造空也証人立像ほか仏像十数点が国指定の重要文化財。
創建は不詳。平安時代の歴史書『扶桑略記』によると、平安時代中期の951年、踊念仏で知られる空也上人の開山、村上天皇の開基とされ、当初は西光寺と称した。その後977年に比叡山延暦寺の僧・中信が中興して六波羅蜜時と改称し天台宗とした。平安時代末期には平正盛が付近に阿弥陀堂(現・常光院)を建立して以降平家との繋がりができ、境内隣に六波羅殿と呼ばれる館が築かれ、平清盛により当寺は平家の屋敷群に取り囲まれた。しかし1183年に平家が都落ちした際に炎上し、当寺の諸堂も類焼し、本堂以外をすべて失った。鎌倉時代になると幕府により六波羅探題が置かれた。以後、源頼朝や足利義詮に再興されるも、たびたび火災に遭っている。安土桃山時代に豊臣秀吉により本堂が修理され、寺領70石が安堵されるとともに、真言宗智積院の末寺になっている。江戸時代には大伽藍を連ねたが、明治時代の廃仏毀釈により寺域が大幅に縮小した。
当寺は、京阪本線・清水五条駅の北東400mほどの平地の住宅街の中にある。境内は広くなく、街中の寺院らしく、敷地一杯に本堂、客殿などの建物がぎっちり建っている印象。
今回は京都旅行の1日目で6寺社目、西国三十三所の札所であることから参拝することに。(西国三十三所巡りは、当寺からスタートすることに!^^)参拝時は週末の午後で、そこそこ多くの観光客が訪れていた。
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令和2年 / 【GoToで 】滋賀・京都日帰り旅。
正法寺に続いて、4ヶ所目はこちらのお寺です。
西国三十三所・十七番目のお寺です。
二回目のお参りになりますが、前回がいつだか記憶に無い位前です。
参拝の理由は『空也上人立像(「口から人(阿弥陀様)が…!!」)』が見たかったから。
薄っすらと覚えている記憶はもっとこじんまりとしていた様な…。
(お寺の方とお話をしたところ、変わりないそうです。)
雨の日でかなり暗かった様な…。(どうかな…?)
でも、まあ。
人間の記憶は曖昧ですので。
楽しく『宝物館』を拝観させて頂きました。
(以前もあったかなー?…こちらも未確認です。)
次は【清水寺】へ向かいます。
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